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福岡市東区志賀島の“志賀海神社”境内社(末社)である「印鑰社」を取り上げました。 |
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08.04.28撮影 |
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わたしは、福岡で育ちましたので、今は無き(戦後の)雁の巣飛行場の記憶はわずかですがあるのです。
いまは、国営・海の中道海浜公園になっていますが。 |
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福岡第一飛行場(雁ノ巣) |
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福岡県糟屋郡和白村奈多に1936(昭和11)年6月6日九州初の民間国際空港として福岡第一飛行場(雁ノ巣)が開港滑走路600m
x 30m水陸両用の飛行場「東洋一」の規模と設備として開港しています。
1939(昭和14)年には大陸への交通の要所として1,100mの南北の滑走路があったそうで、戦争の激化にとともない陸海軍の共用となったそうです。
敗戦後は、米国空軍に接収され、1,260mと740mの滑走路2本を持つBRADY AIRBASEとして使用され、朝鮮戦争の時は物資空輸基地でもありました。
わたしはまだ幼稚園に行っている頃ですが、雁の巣飛行場から飛行機が飛び立つ所を福岡の家からみていた記憶がわずかにあるのです。
1972(昭和47)年になりましたが日本へ全面返還されました。 |
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朝鮮戦争 |
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韓国(大韓民国)と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との間で行われた戦争。
朝鮮の独立・統一問題が米・ソの対立とからんで、1950(昭和25)年6月武力衝突に発展しました。
両国ともそれぞれ、米軍を主体とする国連軍と中国人民義勇軍の支援を受けて一進一退を繰り返しましたが、北緯三八度線付近で膠着状態となり、1953(昭和28)年7月休戦となりました。朝鮮動乱。 |
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2018年再び参拝した後、撮影しましたので画像を増やしこの頁を更新しました。 |
19.07.24.更新 08.11.29裕・記編集 |