(北野天満宮)和魂漢才碑

  京都市上京区馬喰町の北野天満宮境内に建立されている「和魂漢才碑」を取り上げました。
和魂漢才碑(わこんかんさいひ)
「菅家遺誡」の中の和魂漢才に関する二章を記したもので菅公(845-903)の御精神を周知せしめるために嘉永元(1848)年に座田維貞(国学者:1800-1859)が東坊城聰長(ひがしぼうじょう ときなが;公卿:1800-1861)に揮毫を請うて建碑したものです。 
わが国の奥深くいいところは人間の浅知恵を超えたところにあり、中国の聖人の道は革命の国風によって生まれ、わが国とは相いれないことをよくよく考えなくてはなりません。
わが国の学問は古今にわたり天と人の道を究めることにその要点があり、日本人の精神をもって聖人の学問をやらなければ、究極の道をきわめることはできません。
(いかい)
遺戒;遺誡:
子孫などのために残した訓戒(くんかい:物事の理非・善悪を教えさとし、いましめること)
2008年太宰府天満宮でみた和魂漢才碑は(説明板によると)安政5(1856)年菅原為定の書でしたが撮影していましたので、2011年になってやっと頁を編集したのです。
2009年初詣の時に北野天満宮でもみたので、撮影していました。今になりましたが、この頁を編集しました。
11.12.28裕・記編集

09.01.08撮影
京都府京都市上京区馬喰町  北野天満宮

09.01.08撮影

09.01.08撮影



































































(門の中に敢)カン: 1.ノゾむ→望 2.ミる→見 3.とらのほえる声。また、とらが怒ったさま
(門の中に困)コン: 1.シキミ。門のとじきみ  2.門外の限界  3.宮城
4.婦人にかんすること。夫人は家の中にひっこんでいるから
5.門のくい 6.城の門  
(しきみ)
閾:
1)門の内外を区画するために、門柱の間に敷く横木。蹴放し。
2)「敷居(しきい)(1)」に同じ。



「京都ぶらり散歩」編



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北野天満宮
(境内の)撫で牛
(境内の)和魂漢才碑
(北野天満宮末社)竃社
(境内の)明月舎
太閤井戸、北野大茶湯之址
(境内の)さざれ石


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