(瀬野)國道・縣道分岐道標

  安芸区瀬野の(現在)小宇羅地陸橋根際に建立されている「國道・縣道分岐道標」です。
※この道標は、「元下瀬野村村長・槇林翁彰徳碑」にもなっています。
正面: 右ハ國道
左ハ縣道  
側面; 紀元貳千五百五拾一年
明治廿四年五月  
※明治24年=1891年
側面: ■■■■村長槇林翁彰徳碑
碑文(先賢者・・・)
 
*石柱が欠けていて4文字がわかりません。下瀬野(埜)村?
*碑文をわたしは読めませんでした
裏面: 有志者(6列4段に名前) *大藤信郎の名がみえました)
1884(明治17)年暫定国道開通で大山峠を通っていた旧山陽道から新しい道路ができたと聞きます。
旧山陽道は県道となり、この道標は通行人の混乱を防ぐ為、新国道と旧山陽道を示すために、1891(明治24)年5月17日に建立されたのではと思いました。
明治廿四年五月と並んだ文字が薄くなって読みにくくなっていますが、どうも紀元での年号をあらわしているようで、明治24年=西暦1884年=紀元(皇紀)紀元貳千五百五拾一年と刻んであるようです。
瀬野川流域郷土史懇談会発行「瀬野歴史散歩マップ」によると
『左側面に、志和への道路改修を呼び掛けた槇林村長の報徳碑でもある』とありますが。
*石柱をみると彰徳碑と刻んであるように(わたしには)読めましたので、この頁はそうしています。
わが家から上瀬野に行く時、この道は何度か通っていたのですが、この道標は気が付き(見つけることができ)ませんでした。
2008年「大山峠を歩く」が終わりJR瀬野駅まで行く時に、ガイドをしていただいた方とご一緒した時に、にここにも道標があることを教えていただき撮影したのです。
2018年久しぶりに撮影していましたが、瀬野川流域郷土史懇談会発行「瀬野歴史散歩マップ」で下瀬野村槇林村長の彰徳碑をかけている事を知ったので、2019年になって撮影していなかった面の撮影をしてこの頁を更新しました。
19.02.14.更新   09.02.27裕・記編集

08.10.11撮影
広島市安芸区瀬野1-25付近   

08.10.11撮影

08.10.11撮影
明治廿四年五月   紀元貳千五百五拾一年 左ハ縣道 右ハ國道 

18.09.28.撮影
(現在)瀬野1丁目小宇羅地陸橋根際に建立されています   

18.09.28.撮影

19.02.08.撮影

19.02.08.撮影
石柱側面上隅が欠けています (裏面)

19.02.08.撮影
(正面からみました)



            
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