(内務省)中国四国土木出張所職員殉職碑

碑表: 原爆のいけにへとなりし人々
    なごみゆく世の いしずゑにして
 
                     阿部一郎
碑裏: 元内務省中国四国土木出張所職員五十二名は国民義勇隊として作業中昭和二十年八月六日の原爆並びに戦災により、平和の礎となりこの地に眠る
昭和二十九年八月六日 建設省中国四国地方建設局 職員一同建之
碑文は昭和29(1954)年8月6日建立時の建設省中国四国地方建設局・阿部一郎所長の弔歌だそうです。
碑は、自然石(呉市郷原産出だそうです、)H≒1.2m、W≒1.5m
殉職者内訳(男性30名、女性22名。庁内執務者13名、作業出動者32名、行方不明7名)だったそうです。
1944(昭和19)年3月産業奨励館としての業務が停止され、被爆当時各統制会社や中四国土木出張所などになっており、内務省中国四国土木出張所職員52名の殉職者の方々は国民義勇隊として建設とは逆の建物疎開作業中だったそうです。
平和記念公園に来られる方はまず原爆ドームはご覧になるでしょうしこの碑もご覧になった事でしょう。
原爆ドーム等の説明碑が設置されている処から西側(元安川側)に行ったとことに建立されています。
2001年に撮影しこの頁を編集しました。
15.01.15.再編集    06.12.07更新      01.10.30裕・編集
   関連頁:中国四国土木出張所職員殉職者の方々

01.10.25.撮影
広島市中区大手町1丁目   平和記念公園(原爆ドームの北西側に建立)

01.10.25. 撮影

01.10.25. 撮影
殉職碑 銘板柱:1980(昭和55)年(社)中国建設広済会建立

05.07.16.撮影

03.01.05撮影

06.08.06.撮影
被爆61年(2006年原爆忌)、「国土交通省(内務省)原爆殉職者慰霊式」の段取りがしてありました



平和記念公園」編 広島ぶらり散歩へ


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