中島本町町民慰霊碑(平和乃観音像
























































































































































中島本町町民慰霊碑(平和乃観音像)は、1956(昭和31)年8月6日、中島本町会により建立されました。
銅製の観音像が台座にのっています。像の制作者は荒井秀山。
中島本町は爆心地より≒100m〜700mだったことから、住民はほぼ全滅、458人の方々が犠牲になったそうです。
この中島本町は明治、大正、昭和初期まで広島有数の繁華街であったのです。
1956(昭和31)年8月6日生き残った町民により結成された中島本町会によって、「原爆で亡くなった犠牲者への慰霊と無くなった町に対する惜別の情を込めて」この平和乃観音像が建立されました。
当初平和記念公園内に宗教的なものは建ててはならないという指導があったそうですが、この観音像は彫刻家・荒井秀山作成の芸術作品ということで建立が承認されたそうです。
15.01.14再編集    07.02.22更新   02.01.05裕・編集

02.01.03.撮影
広島市中区中島町1  平和記念公園

03.01.06撮影

02.01.03.撮影

14.07.17.撮影

02.01.03. 撮影
’04.08.27. 撮影
中島本町原爆死没者芳名:碑 昭和31(1956)年当時廣島市長 渡邊忠雄
敬称略しました



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