嵐の中の母子像

  この「嵐の中の母子像」には、襲いかかる業苦(ごうく≒現世で受ける苦しみ)に耐え、悲しみを乗り越えていく母親の強い愛情を示す像に市民の平和への願いが託されています。
建立:昭和35(1960)年8月5日
建立者:広島市婦人会連合会
設計者:本郷 新 
形状:H=1.5m L=1.6m W=65cm ブロンズ像
*2006年4月(わたしは)新しい説明板(右画像)が設置されていることに気が付きました→
建立の目的 ■核兵器廃絶への限りない努力を呼びかける
形状 ■右手に乳飲み子を抱え、左手で幼児を背負おうとしながら、
  前かがみ姿勢で生き抜こうとする母の姿を表しています。
建立年月日 ■昭和35(1960)年8月5日
設計者 ■本郷 新
建立者 ■広島市地域女性団体連絡協議会(旧)広島市婦人会連合会

06.04.15撮影
本郷 新 (ほんごうしん) (1905-1980)
  彫刻家。北海道札幌生まれ。1928(昭和3)年東京高等工芸学校彫刻部を卒業。
国画創作協会に新設された彫刻部に出品、1934(昭和9)年会員となった。1939(昭和14)年佐藤忠良舟越保武らと新制作派協会彫刻部を創立し会員となった。戦没学生記念像『わだつみのこえ』などモニュメンタルな造形を志向し、木彫も手がけた。パリ、アントワープなどの国際彫刻展にも出品し、日本国際美術展優秀賞、日本平和文化賞などを受賞した。作品の多くは札幌彫刻美術館に収蔵されていると聞きます。
1959(昭和34)年、第5回原水爆禁止世界大会が開かれた時、原水爆禁止日本協議会から当時の浜井信三市長に、原水爆禁止運動推進への感謝の印しとして、この像の原型となった石膏像が贈られ、その後、この大会の成功のために尽力した、広島市婦人会連合会が「平和記念公園への設置」を呼びかけ、ブロンズ像にするための募金活動を行い建立され、広島市に寄贈されたものだそうです。
2006年4月交流ウォークのときこの像の説明板が新しく設置されているのに気づき追加編集しました。
2010年原爆忌の時上部からみた画像を撮影していました、(2011年の)今になりましたが追加しました。
2016年5月24日家に帰るのに平和記念公園前バス停でバスを待っているとき振り向くと、5月27日(金)米国大統領の(広島・平和記念公園への)訪問が予定されており、そのため事前に“見える警備で、不審者・不審物を警戒している”ようで、ここ“嵐の中の母子像”根際にも警察官が立っていましたので撮影しました。掲載画像も見直しこの頁再編集しました。
16.05.26.再編集    02.12.15裕・編集

16.05.24.撮影
広島市中区中島町1 平和記念公園(南端中央附近)

14.12.18.撮影
(雪の“嵐の中の母子像”を平和記念公園の方からみました)

10.08.06撮影
原爆忌多くの人が訪れていました

03.05.02撮影
フラワーフェスティバル飾り(花の塔2003)と嵐の母子像 

03.01.05撮影
後の平和記念資料館は丁度改修工事中で養生シートで覆われていました

02.12.24.撮影
(拡大画像でみる)

02.12.05撮影
(この像の建立世話人)広島市婦人会連合会・石碑

02.12.05撮影
(広島駅行きの広島バスが留まっています)

02.12.05撮影



平和記念公園」編 広島ぶらり散歩へ


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