原爆遭難横死者慰霊供養塔(真言宗徒の塔)

昭和20(1945)年原爆で不慮の死を遂げた方々に対する真言宗宗徒の方々建立による供養塔です。
塔婆(表面):
   (他面):
爲原爆遭難横死者慰靈供養塔
梵字
(わたしには読めません)
台座(裏面): 昭和三十二年九月 縣下真言宗徒建之
              
*昭和32年=1957年
真言宗(しんごん・しゅう)
仏教の一宗派。
平安初期入唐した空海(774-835)が、長安の青竜寺・恵果(746-806)から密教を受けて帰国、開宗した。
金剛峰寺・東寺を根本道場とし、修法と門弟の教育などを行なった。主に大日経・金剛頂経に基づき大日如来の悟りの世界を直接明らかにしようとするもので、即身成仏を説く。加持祈祷
(きとう)を行なって平安時代の貴族の間に浸透。13世紀末に古義と新義に分裂した。真言陀羅尼宗。秘密宗。曼荼羅宗。東密。
原爆供養塔では何度となく頭を垂れていましたが、その裏(北側)に当たる処に建立されているこの『原爆遭難横死者慰霊供養塔」のことは知らなかったのですが、宅和純先生著「ヒロシマの碑(いしぶみ)」をみて知り2003年訪ね撮影しこの頁を編集しました。
原爆供養塔との位置関係が画像でわかりませんでしたので2014年に撮影しました。2015年になりましたが掲載画像を見直し再編集しました。
15.01.19. 再編集    03.02.25裕・記編集

03.02.20.撮影


















広島市中区中島町1 平和記念公園  (原爆供養塔の北側に建立されています)

03.02.20.撮影

03.02.20.撮影

14.09.11.撮影
原爆遭難横死者慰霊供養塔(真言宗徒の塔) と 原爆供養塔 と 原爆供養塔折鶴奉納台を裏側からみました
くよう
供 養
1)死者の霊に供え物などをして、その冥福を祈ること。追善供養。
2)仏・法・僧の三宝を敬い、これに香・華・飲食物などを供えること。
※いままで慰霊という言葉をわたしは簡単に使っていました。
『・・・死者の霊魂の存在を認めることのない仏教に、死者の霊を慰める儀式があるはずはありません。供養は仏教にあって大切な事柄でありますが、「死者の冥福を祈る」ためになされることではありません。
「戦争犠牲者法要」も、もし「慰霊・鎮魂」の気持ちで行われるならば、それは「気の毒だ」という高慢な感情の表れか、「安らかに眠って、恨みをもって、たたったりしないでくれ」という、利己的な功利心の現れと言えましょう。そのような「慰霊・鎮魂」は、仏教(特に真宗)ではないばかりか、むしろ非人間的な心と言わざるを得ません。・・・』と浄土真宗大谷派の資料で云っていましたので追記しました。
06.08.21追記



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「平和祈念碑等建立地一覧」編


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