広島東洋カープ優勝記念碑(日本選手権シリーズ優勝記念・碑とセントラルリーグ優勝記念・碑)

  広島市民球場前(現在:旧広島市民球場跡地前)の「勝鯉の森」には、東側から“勝鯉の森・碑”“日本選手権シリーズ優勝記念・碑”“セントラルリーグ優勝記念・碑”“世界新記録達成記念・碑(衣笠祥雄顕彰碑)”が建立されています。「勝鯉の森」は、広島カープがセントラルリーグ初優勝をした1975(昭和50)年に造られました。
この頁では「日本選手権シリーズ優勝記念」碑と「セントラルリーグ優勝記念」碑を取り上げました。
※上記の碑たちは、2000年当時と現在(2014年)は建立位置が変っています。
1949 昭和24年12月15日 広島カープ(本拠地:広島総合球場として)セントラルリーグに加盟。
1957 昭和32年7月 ここ(中区)基町5-25に広島市民球場完成。
1975 昭和50年10月15日 セントラルリーグ初優勝(日本シリーズでは阪急に0勝4敗2分と敗北)。
2009 平成21年4月1日 南区南蟹屋に(株)広島東洋カープは移転しました。
2012 平成24年2月28日 (ライトスタンドの一部を残して)球場は解体され更地になりました。
優勝年    監督 勝-敗-分    勝率
1975 昭和50年 ジョー・ルーツ →古葉 竹識 72-47-11   .605
1979 昭和54年 古葉 竹識 67-50-13   .573
1980 昭和55年 古葉 竹識 73-44-13   .624
1984 昭和59年 古葉 竹識 75-45-10   .625
1986 昭和61年 阿南 準郎 73-46-11   .613
1991 平成3年 山本 浩二 74-56-2    .569
2016 平成28年 緒方 孝市 89-52-2    .631
優勝という栄冠からすでに10年以上見放されています。
データを駆使した戦略と猛練習という根性物語で乗り切った過去の栄光・・・戦力不備の部分の補強を、そして斬新な指導力を持つ指揮官をわたしは望んでいるのです。
斬新でファンとの接触を大切にする指揮官を2006年迎えたのですが、チーム主力が(チームを)去っていくことを指を加えて傍観している球団経営者(オーナー)と思えてなりません。
万年最下位と云われた球団のような集客力がない地方都市・広島における球団の悲哀で納得しろと云外にいわれても納得できないのがファン心理・・・そんなことを思いながらの市民球場最後の年(2008年)を迎えています。
2013年カープは、はじめてクライマックスシリーズに進出しました。
2014年鯉の季節(黄金週間)までのチームと揶揄されていた長い期間の負け癖を振り払い、久しぶりの優勝を目指すシーズンになっていますので、追加撮影し、この頁を再編集しました。
2016年(25年ぶりの)優勝を果たしましたが、日本シリーズでは2勝4敗と日本ハムに敗れました。
紹介の碑にはまだ刻まれていませんが、上記一覧表には加えました。   (16.10.30.更新)
この優勝記念碑に、2016年10月30日に2016年の成績が刻まれたことをTVローカルニュースをみていて知りました。また、11月5日に「V記念碑」除幕式に緒方監督、松井市長などが出席して執り行われたことを新聞報道で知りましたので、12月になりましたが撮影し、この頁を更新しました。
16.12.24.更新   14.05.20.再編集  00.01.24裕・記編集
関連頁 勝鯉の森    衣笠祥雄顕彰碑

16.1222.撮影
広島市中区基町5   (現在:旧広島市民球場跡地前)

16.1222.撮影
2016年(25年ぶりの優勝の喜びがこもった)成績が加刻されました

16.1222.撮影
碑裏側にも加刻(加筆)されています

14.05.15.撮影
(2014年も最終的には優勝には手が届きませんでした)

14.05.15.撮影
裏側から記念碑をみました (旧市民球場跡地周りには仮囲いがあります)

06.03.18.撮影
(勝鯉の森整備され石碑の位置が変わっていました)

00.01.15撮影
セントラルリーグ優勝記念・碑

00.01.15撮影

14.05.15.撮影
日本選手権シリーズ優勝記念・碑

00.12.29.撮影
広島市中区基町5 広島市民球場前



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