平和の石塚

  「The youth of FORT WILLIAM SCOTLAND and DUDLEY,WORCESTERSHIRE,ENGLAND,who have themselves been ・・・」と刻まれた英文は、
『永年にわたり友情に結ばれているフォート・ウィリアムとダットレイの青年から善意と調和と世界平和を願うシンボルとして、この石を広島の青年に贈る。1972』と日本語にすると刻まれているそうです。                                       
(1972年=昭和47年)
『This particular stone was hewn from Britain's highest mountain,BEN NEVIS FORT WILLIAM,SCOTLAND.
スコットランドのフォート ウィリアム市とイングランドのタットレー市の青年より、善意と世界平和を願うシンボルとして 広島の青年にベンネビス山の石を贈る 1972年8月2日』 
と英語と日本語で刻まれていますが、英文の訳としては違っていますが、英文だけの石板文を加味して訳されたようです。
1972(昭和47)年8月2日(水)午前11時から除幕式が執り行われ、山田節夫市長(25・26代:1967-1975)と橋本宗利広島青年会議所理事長が除幕したそうです。
平和の石塚は、広島のデルタを形どった七つの広島産の花崗岩にはめ込まれた(上部掲載の)二つの石造銘板からなっています。
ベンネビスBenNevis山(英国で一番高い山)1,344m港町フォートウィリアムの背後に聳えているそうです。
※ウィキペディアによると1,344mとしていますので訂正しました。09.07.03裕・訂正
どういういわれか、わからなかったのでベンネビス山の石・碑と2003年頁を編集した時には、記述していました。
資料を調べている時に、次の事を知りました。
(英国の)ベンネビス山は、1945(昭和20)年第二次世界大戦が終わった日に英国青年が『平和記念塚』をつくったことで平和を誓う山となっていました。そのようなことで、広島市の広島青年会議所が「ヒロシマの悲劇を世界平和のいしずえに」という銘板を贈ったそうで、その返礼として広島市に寄贈されたのがこの「平和の塚」の碑文石だったそうです。
この平和の石塚の周りの状況がわかる画像と思い2010年、2011年8月撮影しましたので追加しました。
2015年久しぶりに撮影し、この頁を再編集しました。
15.02.05.再編集   03.11.30裕・記編集

03.11.22.撮影
広島市中区中島町1 平和記念公園北側(原爆の子の像北東)

03.11.22.撮影

03.11.22.撮影

11.08.04.撮影

05.02.02.撮影
(2005年訪ねた時は)前日の雪が残っていました

10.05.17.撮影

11.08.04.撮影
平和の石塚の奥に原爆の子の像と折鶴保管ブースの一部が見えます

15.01.22.撮影
平和の石塚の奥の向側に元安橋がみえます

15.01.22.



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