平和記念公園・広場の四季(2017年)

  今(2017)年も四季折々平和記念公園の広場を見て季節の移ろいを感じていきたいと思っていますが、通称・原爆資料館の耐震工事が本格的に始まることから(南側)ピロティー下などから広場を撮影はできなくなります。
ことしは、平和記念資料館本館と東館をつなく空中廊下の中間柱付近からを定点にしようかなと思っていますが、どうなりますか。
6月23日(金)13時半を少しまわっていました。(梅雨の間の)晴れでした。
昨日の平和記念公園は、先月まで春の観光季節と修学旅行の季節だった時のひとがあふれていると云ってもいいような状態に比べれば静かな原爆死没者慰霊碑の前であり、 公園自体も昼の暑いときだったからか観光客もまばらでした。
通称原爆資料館の耐震工事が始まったようで、重機の音が響いていましたので、中を覗き撮影してみました。
17.06.24.更新   17.01.29.裕・記編集

17.05.25.撮影

17.06.253.撮影
2017年5月の広場 2017年6月の広場

17.01.28.撮影

17.02.16.撮影

17.03.30.撮影

17.04.27.撮影
2017年1月の広場 2017年2月の広場 2017年3月の広場 2017年4月の広場
2017年6月

17.06.23.撮影
この日では珍しく学生をみましたので、、原爆死没者慰霊碑をいれて撮影しました

17.06.23.撮影
原爆死没者慰霊碑の前からか仮囲いに囲まれた通称・原爆資料館をみました

17.06.23.撮影
仮囲いの処から平和記念公園広場、原爆死没者慰霊碑、原爆ドームをみました

17.06.23.撮影
北側の仮囲いは鋼板製になっていました

17.06.23.撮影
先月まで定点としていた場所は仮囲いの中になりましたので4もう少し前から撮影することにしました

17.06.23.撮影
広島平和記念資料館本館免震その他工事
 本標示板は現在制作中ということで貼り紙が仮囲いにありましたので撮影しました(下記画像)。
気になったのは工期の件で、「工期:平成29(2017)年12月20日~平成31(2019)年7月31日」となっていました。今年は平成29年だったよなと勘違いしたのかなと不安になる12月20日からとあったからです。
先月まで着工していなかった免震工事いよいよはじまったのだと工事進入ゲートの隙間から撮影しました。

17.06.23.撮影

17.06.23.撮影

17.06.23.撮影
(仮囲いの中では))発掘した時に残土の処で重機が動いていました

17.06.23.撮影

17.06.23.撮影
2017年5月
5月25日(木)12時を少しまわっていました。くもり。
今月は、市内電車で銀山町電停から原爆ドーム電停前まで乗りましたが、その時から多くの修学旅行の児童たちが乗っていました。奈良から来たという元気な子にどうぞと席を譲ってもらい、一緒に原爆ドーム前で降りました。
平和記念公園に入りましたが、その時から多くの修学旅行生に圧倒されたわたしでした。
昼食時で、木陰で、原爆資料館の耐震工事区域からわずかに残ったピロティー部分などで弁当を食べていました。
昨日だったら(雨でしたので)、昼食場所に困ったかもしれないなどとわたしが心配しても仕方ないことを思いました。
17.05.25.裕・記編集

17.05.25.撮影
原爆死没者慰霊碑北側から広場をみました。(多くの修学旅行生に圧倒されたわたしでした)

17.05.25.撮影
修学旅行の季節の定番、原爆死没者慰霊碑前での記念撮影が終わりました

17.05.25.撮影

17.05.25.撮影
今年定点撮影場所にしたところから撮影しました

17.05.25.撮影
いままでの定点撮影場所からですが、仮囲いが邪魔していますので久しぶりに撮影しました

17.05.25.撮影
通称・原爆資料館の耐震工事はまだはじまっていないようでした

17.05.25.撮影
2017年4月
4月27日(木)11時を少しまわっていました。くもり。春の気候で肌寒くはありませんでした。
広島赤十字病院での定期検診後たちよりました。
4月も終わりで、修学旅行の生徒たちが目立つ平和記念公園でしたので、今月は日本人が欧米からの観光客を圧倒していました。
昨(4月26日)日、平和記念資料館・東館の改修工事が終わり、いよいよ本館の耐震工事がはじまることで(本館の)見学ができなくなるとラジオやTV報道で知りましたので、発掘作業も終わったのだろうと思って仮囲いの中も撮影しました。
17.04.27..裕・記編集

17.04.27.撮影
原爆死没者慰霊碑北側から広場をみました。(平和の池の水が抜かれていました)

17.04.27.撮影
修学旅行の季節の定番、原爆死没者慰霊碑前での記念撮影(先生よそ見はいけませんよ)

17.04.27.撮影
平和記念資料館・本館北側仮囲いの処から広場をみました

17.04.27.撮影
(ことしの定点)本館~東館をつなぐ空中歩廊柱部分から広場をみました

17.04.27.撮影
(国旗掲揚台の日章旗も垂れて)風はない日でした

17.04.27.撮影
(耐震工事をまつばかり)

17.04.27.撮影
(先月は多くの発掘作業員がいた北側も耐震工事を待つだけになっていました)
2017年3月
3月30日(木)12時少し前でした。くもりでしたが、温い日になっていました。帰宅後ラジオで中区は19℃になったと云っていました。
広島赤十字病院での定期検診後たちよりました。
すぐに3月も終わりですので、そろそろ春の観光シーズン入りかなと思う人出のようでした。日本人よりも欧米人の観光客がやたらに多いなと思いました。ロシア語かなと思う観光客にも出あいましたが英語も当然ロシア語もしゃべれませんので尋ねることはできませんでしたが。
17.03.30.裕・記編集

17.0330.撮影
原爆死没者慰霊碑北側から広場をみました

17.0330.撮影
原爆死没者慰霊碑前から広場をみました。 通称・原爆資料館下には発掘作業用仮囲いがみえます

17.0330.撮影
通称・原爆資料館仮囲いの前から、広場、原爆死没者慰霊碑、原爆ドームをみました

17.0330.撮影
 ことしはここからを定点撮影にしようかなと思っていますが

17.0330.撮影
(これまでの定点撮影場所から)みました
通称・原爆資料館下での発掘作業は今月もつづいていました。

17.0330.撮影
北側の発掘作業が中心になっていました。
人出をかけることで期間を短縮しようとしているように思いました

17.0330.撮影
南側の発掘はひと段落した?
2017年2月
2月16日(木)12時過ぎで、晴れていました。温い日になってきていました。
広島日赤病院での定期検診後たちよりました。
今月も観光客は(時間的にも?)少ない日でした。(一年で一番寒いと云われる2月ですので訪れる人が少なくても不思議ではないのでしょうが)特に変わったことにも気付くこともなく撮影しました。通称・原爆資料館下の発掘作業は昼食時間になったようで、発掘作業はいったん昼休みになったようでした。
17.02.17.裕・記編集

17.0216.撮影
原爆死没者慰霊碑北側から広場をみました。 通称・原爆資料館下には発掘作業用仮囲いがみえます

17.02.16.撮影
原爆死没者慰霊碑前から広場をみました

17.02.16.撮影
通称・原爆資料館仮囲いの前から、広場、原爆死没者慰霊碑、原爆ドームをみました

17.02.16.撮影
 ことしはここからを定点撮影にしようかなと思っていますが

17.02.16.撮影
(これまでの定点撮影場所から)みました
  中國新聞報道で次のようなことを知りました。
『広島市は2017年1月6日、原爆資料館本館下で進めてきた発掘調査で、墓地があった被爆時の地層のさらに下から、江戸期のものとみられる土葬墓の跡が見つかったと発表しましとた。
発掘調査を2016年12月末に終える予定だったが、さらなる出土がないか、範囲を広げて、ことし3月まで続ける。
本館敷地の北側、浄圓寺の墓地があった被爆時の地面を60cm70cm掘り下げたところ、先月上旬に土葬墓の跡が出土。遺体を納めた木製の「座棺」を埋めた跡とみられる、直径80cmほどの円形の遺構が約20ヶあった。その中に残っているのは人の骨とみている。
江戸期の土葬墓の上に、明治から大正期にかけて近代のお墓が築かれた可能性があり、近代のお墓は1945(昭和20)年8月6日原爆で倒壊。浄圓寺は現在中区中島町に移転していますので、広島市は出土した骨を同寺に引き取ってもらう。

17.02.16.撮影
あくまでも予定ですから1月31日でもいいのでしょうが、3月と訂正した方がいいように(わたしは)思います

17.02.16.撮影

17.02.16.撮影

17.02.16.撮影
 
仮囲いシートの隙間からみましたが、(市民に隠すものはないのですから)中がみられるところを設けてもらいたいものです。
2017年1月
1月28日(土)12時ころ快晴でした。
今週は雪が降り積もり、NHK全国ニュースでも積雪の平和記念公園が報道された週でした。しかし訪ねた土曜日は快晴で、冬にしては温かな日でした。
観光客は少ない日で、TVニュースでみる春節休みで中国からの観光客はここ平和記念公園では(わたしが撮影していた時間には)出会うことがありませんでした。
また、報道で知った、被爆時の発掘作業は終わったというものの、その層の下に江戸期のものとみられる土葬墓の跡が見つかりで発掘調査を先月末(2016年12月末)に終える予定だったが、さらに(一応3月まで)延長することになったのでその状況を少しでも撮影できたらと思っていました。
   17.01.29.裕・記編集

17.01.28.撮影
原爆死没者慰霊碑北側から広場をみました。 通称・原爆資料館下には発掘作業用仮囲いがみえます

17.01.28.撮影
 原爆死没者慰霊碑前から広場をみました

17.01.28.撮影
通称・原爆資料館仮囲いの前から、広場、原爆死没者慰霊碑、原爆ドームをみました

17.01.28.撮影
 ことしはここからを定点撮影にしようかなと思っていますが

17.01.28.撮影

17.01.28.撮影
(これまでの定点撮影場所から)みました
  中國新聞報道で次のようなことを知りました。
『広島市は2017年1月6日、原爆資料館本館下で進めてきた発掘調査で、墓地があった被爆時の地層のさらに下から、江戸期のものとみられる土葬墓の跡が見つかったと発表しましとた。
発掘調査を2016年12月末に終える予定だったが、さらなる出土がないか、範囲を広げて、ことし3月まで続ける。
本館敷地の北側、浄圓寺の墓地があった被爆時の地面を60cm70cm掘り下げたところ、先月上旬に土葬墓の跡が出土。遺体を納めた木製の「座棺」を埋めた跡とみられる、直径80cmほどの円形の遺構が約20ヶあった。その中に残っているのは人の骨とみている。
江戸期の土葬墓の上に、明治から大正期にかけて近代のお墓が築かれた可能性があり、近代のお墓は1945(昭和20)年8月6日原爆で倒壊。浄圓寺は現在中区中島町に移転していますので、広島市は出土した骨を同寺に引き取ってもらう。
通称・原爆資料館の耐震補強工事の開始は発掘調査の終了を待つため、4月以降にずれ込む見通しだが、2018年7月の再オープン、2019年7月の工事完了というスケジュールに影響が出ないよう、工事施工業者と協議する予定。』(長久豪佑記者署名の記事で知りました)

17.01.28.撮影
発掘の状態はよくわかりませんがみました

17.01.28.撮影

17.01.28.撮影

17.01.28.撮影
発掘された土葬用の甕か?なと思いながら撮影しました



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