(西光寺)聖徳太子孝養像

  佐伯区湯来町伏谷の西光寺に建立されている「聖徳太子孝養像」です。
孝養像は、聖徳太子(574-622)が16歳のとき、父である用明天皇(?-587:第31代在位585-587)の病気平癒を祈ったという説話をもとにその姿を表しているそうです。
太陽は万物をはぐくみ育てる父母であり
又世界の光明の根源であります。
私達はその恩恵を気づかずにおります。
聖徳太子は世間虚化唯佛是眞と教えられました。
深く佛の教を信じ感謝と報恩の念佛生活を送りましょう。
「世間(せけん)虚仮(こけ)唯仏是真(ゆいぶつぜしん)」
この世にある物事はすべて仮の物であり、仏の教えのみが真実であるということ。
天寿国曼荼羅(てんじゅこくまんだら)に記されており、聖徳太子の言葉という。
尅念作聖(こくねんさしょう)       こく(剋・克・尅)
克(よ)く 考える人は聖人となる。
  十七条憲法、604年に、聖徳太子(厩戸皇子)が作ったとされる17条からなる法文。
七曰、
人各有任。掌宜-不濫。其賢哲任官、頌音則起。姧者有官、禍亂則繁。世少生知。剋念作聖。事無大少、得人必治。時無急緩。遇賢自寛。因此國家永久、社禝勿危。故古聖王、爲官以求人、爲人不求官。
  関連頁:聖徳太子二歳像 
ここ西光寺に建立されている砂谷村慰霊碑を撮影しながら根際に建立のこの銅像に目が行きました。
浄土真宗のお寺によく建立されている親鸞聖人の像かなと思っていたら、ご一緒した増田先生が、聖徳太子像ですねと云われ像建立の碑文(上記)を読まれましたので、そうだったのかと撮影しました。
聖徳太子像と云えば、以前増田先生も一緒だった交流ウォークで訪ねた似島の似島学園に建立されていた聖徳太子二歳「南無仏像」でした。しかしその像ではないこの像に関して(以前頁を編集した時)、成長された像があったな~と思いましたが何歳だったか思い出せなかったのです。帰宅後16歳の時の孝養像だったとわかりました。
また、台座に彫られていた「尅念作聖」は、読みも含めわたしは知らなかったのですが、聖徳太子の十七条憲法の中にある言葉であることを帰宅後調べて知りました。
15.12.05..裕・記編集

15.11.21.撮影
広島市安佐北区湯来町伏谷25-1  西光寺

15.11.21.撮影
砂谷村慰霊碑 と 聖徳太子像

15.11.21.撮影

15.11.21.撮影

15.11.21.撮影

15.11.21.撮影
尅念作聖

15.11.21.撮影

15.11.21.撮影



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