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西区三滝山の三滝寺に建立されている「伊藤踞石句碑」です。 |
虹
あ
ふ
ぐ
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焦
土
の
は
て
の
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葱
さ
げ
て
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踞
石
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踞石、伊藤一義先生は三良坂町出身師範学校教諭(広島市立中島)小学校長を歴任 石楠幹部同人 戦後地方俳壇の時代をめざして夕凪を創刊
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昭和26(1951)年6月歿 創刊15周年に当り建之 夕凪社 |
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この句は「原子野」と題する伊藤踞石句集の中の一句で、「(この句は)・・・生きる望みと俳句への夢が甦っていたのを自覚した一句だった」と述べているそうです。
伊藤踞石没後は、主宰を置かず同人中心の月刊誌として巻を重ね今(2007)年五月号で六十周年特別号を発刊したそうです。 |
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「夕凪社」は、1946(昭和21)年伊藤踞石を中心に創立。1947(昭和22)年6月俳誌「夕凪」が創刊されました。「夕凪社」は創立以来、主宰はおかず、同人代表制の形をとっているそうです。 |
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踞(きょ):1)しゃがむ。うずくまる。例「蹲踞(そんきょ)」。2)おごりたかぶる。例「踞傲(きょごう)」 |
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2007年この句碑をみて読み方は?と思ったのですが、碑台座前に説明板(下画像)が付いておりましたので、この頁を編集しました。 |
2015年久しぶりに三滝地区に建立の碑を撮影しました。
この句碑も撮影しましたので、掲載画像も見直し、この頁を再編集しました。 |
15.07.22.再編集 07.12.17 裕・記編集 |