廣島高等師範學校・廣島文理科大學校發祥之地碑

  広島大学東千田キャンパス(現在・放送大学)に建立されている「廣島高等師範學校・廣島文理科大學校發祥之地」碑です。
廣島高等師範學校・廣島文理科大學校の略沿革
明治35(1902) 年4月1日 広島高等師範学校(広島市国泰寺村)を設置。修業年限は本科3年、予科1年。
昭和4(1929) 年4月1日 官立文理科大学官制(勅令第37号)が公布。(東の東京文理科大学に対して西は広島に)
広島文理科大学(広島市千田町)を設置。広島高等師範学校は広島文理科大学に附置。
昭和24(1949) 年5月31日 国立学校設置法(昭和24年法律第150号)により、広島大学に他校等と一緒に包括。
昭和27(1952)年3月31日 広島文理科大学附置広島高等師範学校全生徒卒業、廃校。
昭和37(1962) 年3月31日 広島大学広島文理科大学廃止
広島大学千田キャンパスといわれ広大な敷地を持っていた広島大学が東広島市に移転してしまい、現在僅かに残る敷地が広大東千田キャンパス(放送大学)になっています。
その敷地に入りすぐに「広島大学原爆死没者追悼之碑」が建立されていますので、以前撮影に来たときは慰霊碑ばかりに目が行き、この「発祥の地・碑」には気がつかなかったのです。
今(2006年)回見渡すとこの「廣島高等師範學校・廣島文理科大學校發祥之地」碑が設置されている事を知り撮影し、この頁を編集しました。
2015年久しぶりに訪ね撮影しましたので、この頁を再編集しました。
 15.07.10.再編集      06.10.08裕・追記

06.09.11.撮影
広島市中区東千田町1-1-89  広島大学東千田キャンパス(現在・放送大学)
廣島高等師範學校(1902-1952)(明治35〜昭和27)
廣島文理科大學(1929-1962)(昭和4〜昭和37)
發祥之地
1979(昭和54)年8月吉日   尚志會建之
広島大学長 竹山時夫書

15.01.22.撮影

15.01.22.撮影

15.01.22.撮影

15.01.22.撮影
(手前)廣島高等師範學校・廣島文理科大學校發祥之地碑 と 
                            (奥)広島文理科大学・広島高等師範 原爆死没者遺骨埋葬の地碑
       広島大学に集約された諸学校について
1949 (昭和24)年 国立大学設置法により新制広島大学が設置されました。
広島師範学校は広島大学に包括され 
「教育学部東雲分校」の広島女子高等師範学校は広島大学に包括され  
「教育学部安浦分校(家政・音楽・体育各学科)」の広島高等師範学校は広島大学に包括され  
「教育学部」の
広島工業専門学校広島市立工業専門学校は広島大学に包括され  
「工学部」の
広島文理科大学は広島大学に包括され  
「文学部・教育学部・理学部」の広島高等学校は広島大学に包括され 
「教養学部」の
広島青年師範学校は広島大学に包括され「教育学部安浦分校福山教場・水畜産学部」の母体となりました。
前身校は1962(昭和37)年の広島文理科大学の廃止までにすべて廃止された。
新制広島大学は文学部、教育学部、理学部、工学部、水畜産学部、政経学部の6学部で発足したそうです。



「その他」編



広島ぶらり散歩へ
広島大学関連頁
旧広島文理科大学跡
 (被爆した)旧広島文理科大学門柱
廣島高等師範學校等發祥之地碑
広島大学原爆死没者追悼之碑
原爆死没者遺骨埋葬の地碑
広島女子高等師範学校記念碑
広島高等工業学校75周年記念碑


inserted by FC2 system