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中区大手町の現在・みずほ銀行に建立されている「日本興業銀行・安田銀行原爆殉職者鎮魂碑」です。 |
「日本興業銀行原爆殉職者鎮魂碑」から「日本興業銀行・安田銀行原爆殉職者鎮魂碑」にかわりました。 |
(わたしが)2002年みずほ銀行広島支店の建物に入った時にみた原爆殉職者鎮魂碑でした。
この建物がもともとは興業銀行の建物だったのが、第一勧業銀行、富士銀行と合併してみずほ銀行になったことで、支店統合をしてこの建物がみずほ銀行広島支店になっていたからなのです。 |
昭和20(1945)年8月6日、原爆により尊い犠牲となられた日本興業銀行広島支店、安田銀行広島支店の殉職員の芳名を刻んでおります。
謹んで哀悼の意を表し、鎮魂の言葉を献げております。 |
2002年には無かった説明板です。 |
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「日本興業銀行原爆殉職者慰霊碑」としてこの頁を編集しました。
2015年久しぶりに撮影したのですが、2002年当時の殉職者芳名板と違っている事に気が付いたのです。
いつ興業銀行と安田銀行の合同の原爆殉職者鎮魂碑になったのか、勧業銀行の殉職者は別にあるのか等々を尋ねようとしましたが、(銀行の鎮魂碑に関する)担当者が出かけていることからわからないということでした。 |
殉職者は、(もともとの芳名板から)興業銀行11名、(資料から)安田銀行16名で、27名のお名前が刻んである現在の原爆殉職者の27名の方々が合致しました。 |
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日本興業銀行(にっぽん こうぎょうぎんこう) |
長期信用銀行の一。金融債を発行して資金を調達し、企業に設備資金・長期運転資金などの長期資金を貸し付けることを主な業務としていました。
1902(明治35)年日本興業銀行法に基づいて設立。
1950(昭和25)年普通銀行に転換、1952(昭和27)年に長期信用銀行となりました。
2000(平成12)年第一勧業銀行、富士銀行と共に持株会社みずほホールディングスを設立。
2002(平成14)年に3行が統合・再編されて、みずほ銀行およびみずほコーポレート銀行となりました。 |
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安田銀行(やすだ ぎんこう)広島支店 |
安田財閥創始者・安田善次郎(1838-1921)などが、第三国立銀行を1876(明治9)年開業したことにはじまるとされています。
1923(大正12)11月安田財閥系11行が合同し安田銀行となり戦前5大銀行中最大の規模となりました。
岡山市に本店があった二十二銀行広島支店が安田銀行広島支店となりました。
同(1923)年12月(当時町名)平田屋町に煉瓦造3階建を新築して移転しました。
1945(昭和20)年8月6日原爆で倒壊寸前になりながらも(一部鉄筋コンクリートを取り入れていたため)原形は保っていたそうです。
被爆時営業室にいた3人の遺体(生存者5人)が確認され、広島支店全体では出勤途上の方も含め16人の方々が死亡したそうです。
1948(昭和23)年富士銀行と改称しました。 |
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中山素平 (なかやま そへい:1906-2005) |
日本の実業家。長崎県出身。東京商科大学本科卒業。
1957(昭和32)年〜1959(昭和34)年経済同友会代表幹事。1961(昭和36)年日本興業銀行頭取。1968(昭和43)年会長同会長。 |
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第一勧業銀行が給料振込銀行でしたので興銀を利用することがなかったわたしでした。
2002年みずほ銀行になってはじめて訪れわたしでした。そのATMの部屋の一角の壁にここで取り上げた鎮魂碑が設置されていたので撮影してこの頁を編集しました。 |
2015年久しぶりに立寄ったので、上に記述したように、鎮魂碑についての疑問などを尋ねたのですが、
ATM根際に居られた行員の方に聞いたのですがわからないということで、上司の方が来られたのですが、(銀行員から見るとどうもわたしが)不審者に思われたのでしょう。
この鎮魂碑に関する資料を持っている者が出かけていないのでわからない、メールか何かでその担当者に尋ねられないかと云ったのですが、メールは受け取らないようになっているということで、詳細は教えていただけませんでした。 |
帰宅後みた資料で、安田銀行広島支店についてはある程度わかりましたが、
興業銀行広島支店については資料になく、原爆被災説明板の地図で、当時の位置と変っていないことがわかり、合併して、みずほ銀行広島支店になっていることはわかりました。 |
2019年暮れになり、わたしが働いていた会社の給料が銀行振り込みになって以来退職しても定期預金、わずかな普通預金も解約することなく半世紀にもわたりお世話になっていた(第一勧業銀行から)みずほ銀行になっていましたが、女房と連れ立ってみずほ銀行(の通帳)の解約をお願いするのに残高照合にやって来た時にもう来る予定もなくなるだろうとこの鎮魂碑を久しぶりに撮影しました。 |
20.09.27.更新 15.03.28.再編集 02.09.20裕・記編集 |