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南区皆実町の皆実小学校に建立されている「皆実小学校職員児童同窓生慰霊碑」です。 |
皆実国民学校(爆心地から≒2,200m)では、1945(昭和20)年8月6日当時校舎10教室(半壊)を残し、2階建29教室・講堂・倉庫等は倒壊したそうです。
原爆により亡くなった教師・児童10数名とともに、1944・1945(昭和19・20)年の卒業生の過半数が動員学徒として出動中に死亡したと推測されているそうです。 |
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皆実国民学校(現在・皆実小学校)は、爆心地から2200mで被爆時町名も皆実町1丁目でした。 |
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正面: |
いしぶみ
昭和五十六(1981)年十二月一日建之 秋山豪爾郎謹書 |
裏面: |
同窓生死没者並びに原爆死没者の壱千世・自動のみたまを弔う。
本校創立60周年記念事業の一つとして同窓会が建立する。 |
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1920 |
大正9年 |
(1920年)皆実小学校開校 |
1921 |
大正10年 |
広島市立皆実尋常高等小学校と校名変更 |
1941 |
昭和16年 |
広島市皆実国民学校と校名変更 |
1945 |
昭和20年8月6日 |
原爆により,校舎10教室(半壊)を残し,2階建て29教室,講堂,倉庫等倒壊 |
1947 |
昭和22年 |
広島市立皆実小学校と校名変更 |
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2002年訪ね撮影してこの頁を編集しました。 |
2015年久しぶりに訪ね、(教頭先生に案内していただき)撮影しました。この頁掲載の画像も見直し、今回撮影の画像を加え再編集しました。
2020年被爆シダレヤナギを撮影に来ましたので、この慰霊碑の前で頭を垂れた後久しぶりに撮影しましたので、この頁を更新しました。 |
20.12.29更新 15.09.30.再編集 02.11.05裕・編集 |