(先代の常葉橋)保存されている親柱

  中区東白島町の常葉橋西詰南側に残され展示されている「先代・常葉橋親柱」です。
1929(昭和4)年竣工の常葉橋は、1945(昭和20)年8月6日被爆(爆心地より≒1,550m)*し、橋床のアスファルトが熱線により自然発火、一時その火災のために渡れない時もあり(おじさんの原爆記にも記述があります)石造欄干は川の中に落ちたそうです。
その(被爆した)常葉橋も頭柱(橋銘板は戦時軍需物資として供出して無くなっていました)を残して1977(昭和52)年解体されました。
2003年常葉橋下流側の歩道を渡っている時に石造りの綾場下が並んで置かれているのに気が付いたのです。
前の常葉橋の親柱が残されたのだと思ったのです。
常葉橋の頁に一緒に編集していましたが、2009年に橋上から撮影したので、頁にしようと思っていましたがそのままになっていました。2015年のいまになりましたが、常葉橋の頁を再編集しましたので、この頁も編集しました。
 15.01.28.裕・記編集

09.11.19.撮影
広島市中区東白島町常葉橋西詰南側        保存されている親柱をみました

09.11.19.撮影

03.03.28.撮影
先代の常葉橋親柱がのこされています

09.11.19.撮影



「広島の橋」編



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 先代常葉橋の親柱
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