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西区大芝と東区牛田新町を結び本川(旧・太田川)に架かる「大芝橋」です。
※大芝水門に併設された6径間鋼鈑桁橋でもあります。 |
大芝橋は、1963(昭和38)年3月完成し、1973(昭和48)年下流側に歩道(橋)部分取付工事が施されています。
大芝橋は大芝水門に沿うように架かっている橋です。
(水門と橋が一体というのは珍しいものでしょうね)大芝水門は祇園水門とともに市街地の洪水防止する為に太田川放水路と旧太田川の流量調節目的で設置されているそうで、通常時大芝水門は全開で祇園水門で流量調節しているそうで洪水時は逆の操作となるそうです。 |
大芝水門は、太田川本流を仕切る水門で、道路橋としての「大芝橋」が併用されているのでしょうから水門についても、今回追記しました。『水門全体の構造は、固定堰とスルース・ゲートがら成っています。
固定堰は幅86mで、ゲートは幅:13.33m×高さ:7.2mで3門あります。 |
(スルース)
sluice: |
1.(1)堰せき:水門(sluice gate)のついている人工水路。(2)堰水:堰でせき止められている水。
2.(貯水池の)水流調節装置 sluice valve |
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牛田で生まれたとはいえ大芝橋、大芝水門についての知識は皆無といってよかったのです。わたしは、『牛田附近の橋』の頁の作成を思い立ち近くで仕事をしていた関係で普通のカメラで撮影したのです。 |
2004年暮れにデジカメで対岸の大芝側から撮影しました。橋を撮影していた時、国土交通省中国地方整備局
太田川河川事務所大芝出張所前広場に圓鍔勝三作:岩沢忠恭像が建立されている事、岩沢忠恭氏の事もはじめて知りチト調べたのでした。 |
2010年になり北東方向(祇園大橋上)から大芝水門、大芝橋をみましたので撮影しました。 |
20.09.24.更新 01.02.20裕・編集 |