かんだばし
神田橋

  中区白島九軒町と東区牛田本町を結び京橋川に架かる「神田橋」です。
神田橋は、古く1664(寛文4)年(ころ、広島藩二代浅野光晟時代)に白島北町一本木から牛田の神田八幡宮への道筋、神田川に(木橋が)架橋されました。これが(初代)神田橋と云われています。
後に流勢が強く二丁
ほど下流に橋を移し、文化文政(1804-1818・1818-1830)の頃は牛田橋と呼んだ事もあったそうです。
(度々流出した)木橋であった神田橋は、1923(大正12)年7月にも流失したのち、
1926(大正15)年RC桁橋として竣工しましたが、
1945(昭和20)年8月6日(月)原爆にあり、被爆した多くの人々が渡りまた倒れ、亡くなった過去を閉じ込めたまま、1962(昭和37)年架替えのために解体されています。
原爆の爆風方向に架かっていたので渡橋できたそうですが白島よりの部分は陥没して危なかったそうです。
爆心地より≒2,030m
現在の神田橋は、1962(昭和37)年竣功と聞きます。
                        橋長さ≒95mというのに壁式橋脚が6基(も)あります。
江戸時代初期に京橋がかけられてからは京橋川と呼ばれるようになったと聞きますが、広島原爆戦災誌にも記述がありますがこの付近はまだ神田川と呼ばれていました。
また、神田橋下流の山陽本線の鉄橋も資料を見ると神田川鉄橋といわれていたようです。
一丁=60間≒109,09m、(一間=六尺)
現在、下流側に歩道専用橋(神田側道橋)が架橋されています。
神田橋の頁なのに、歩道橋は写っていても、神田橋が良くわからないので、2012年に撮影していました。年を越した2013年になりましたが、画像を追加し頁を更新しました。
13.01.10.更新    00.07.30裕・編集
     関連頁:神田橋と蜆漁

01.02.10.撮影
広島市中区白島九軒町と東区牛田本町を結ぶ神田橋

05.04.09.撮影
櫻と神田橋を思って撮影したのですが、櫻ばかりでした

05.06.07.撮影

01.02.10.撮影
かんだはし 神田橋側道橋

06.03.31.撮影
蜆漁の漁師さんと神田橋側道(歩行者専用)橋と神田橋

12.01.09.撮影
牛田側から白島側をみました

12.01.09.撮影
白島側から牛田側をみました  (後ろの山が見立山です。右下流側が歩道橋です)



「広島の橋」編・全体


「牛田・二葉の里附近」編



広島ぶらり散歩
   (京橋川の橋)
 新こうへい橋
 工兵橋
 牛田大橋
 神田橋
 神田川鉄橋
 常葉橋
 栄 橋
 上柳橋
 京 橋
 稲荷大橋
 柳 橋
 東広島橋
 鶴見橋
 比治山橋
 平野橋
 御幸橋
 宇品橋
(宇品の)神田神社
(牛田の)神田神社分社
自在坂神社
神田橋


inserted by FC2 system