こうごばし
庚午橋

  2005年現在の庚午橋は、長さ316m、幅13m、単純合成鋼製箱桁橋として太田川放水路最下流に架かった橋※で、1977(昭和52)年に三代目の橋として完成し、下流側に1982(昭和57)年下り線橋が架橋され上下線がそれぞれ独立した橋の形態になりました。
また西区商工センターで1989(平成元)年催された“海と島の博覧会”のために西側の堤防道路から右折専用の橋も作られていますので3本並びの橋の形態になっています。
戦後1954(昭和29)年に 庚午橋(トラス橋)が架けられましたが洪水で流出(流失年月日をわたしは調べきっていません)しています。
1945(昭和20)年8月6日被爆した庚午橋は当時福島川(戦後改修拡幅され太田川放水路となりました)に1944(昭和19)年木桁橋としてかけられました。この橋は爆心地から遠く落橋は免れましたが同(昭和20)年9月枕崎台風で落橋一部流失したそうです。
                
旧・庚午橋は爆心地から≒3,520m
広島南道路の整備が進み、太田川放水路に太田川大橋が架橋され2014年3月23日開通していますので、2014年度時点では下流から2番目の橋になっています。
現在の西区庚午(地区)は、1870(明治3)年庚午(かのえうま)の年に造成された新開地という事に由来して付けられたと聞きます。
庚午(こうご):干支(えと)の一つ。かのえうま。庚(かのえ)、午(ご)=馬
2005年この庚午橋を左岸より撮影しこの頁を編集しました。左岸で、”広島を守る太田川放水路”という(下に掲載の)説明板を見ましたのでこの庚午橋は画像には写っていませんでしたが、この頁に編集しました。
2010年になって右岸より撮影していました(まだ太田川大橋架橋がない当時)。
2012年己斐の街をぶらり散歩した時、太田川放水路に架かる庚午橋も見えましたので撮影しました。
2014年のいまになりましたが、最下流として編集したこの頁でしたので、2014年撮影した画像などで再編集しました。
14.12.05.再編集   05.02.19裕・記編集

05.01.22撮影
広島市西区庚午中と南観音を結ぶ庚午橋 (を≒南東よりみました)

05.01.22撮影

05.01.22撮影

10.11.28.撮影
≒南西よりみました

12.04.21.撮影
(手前)旭橋・新旭橋 と 庚午橋 と(向側)台船がある処が太田川大橋工事中

12.04.21.撮影
西区己斐上から 庚午橋と(向側)台船がある処が太田川大橋工事中をみました

14.10.21.撮影
広島市西区庚午中と南観音を結ぶ庚午橋
MapFanの地図を利用しています

工事中の放水路
広島を守る太田川放水路


太田川放水路に感謝する会
 この川は、洪水から広島市を守るために、昭和7(1932)年から36年の歳月をかけてつくられた人工の川です。広島市を流れていた、福島川と山手川の流れを変えて一本の川にしたもので、大切な土地と人々の熱意が終結して完成したものです。
完成以来、広島中心市街地は一度も洪水の被害がありません。



「橋梁など」編



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