(廃線可部線)第六太田川橋梁

  広島県山県郡安芸太田町津浪と安芸太田町中筒賀を流れる太田川に架かる廃線可部線の「第六太田川橋梁」です。
※2003(平成15)年12月1日廃線になったJR可部線田之尻(たのしり)駅駅~津浪駅間にあった鉄道橋です。
※6径間、上路ガーダー桁橋です。
*第一から第六まで見て来て、この第六橋梁だけが灰色(のさび止め色?)でした。他は茶系統の色でした。
1889(明治22)年4月1日町村制施行時、加計村+津浪村=山県郡加計村が発足。
1889(明治22)年4月1日町村制施行時、中筒賀村+上筒賀村=山県郡筒賀村が発足。
1898(明治31)年2月10日加計村が町制施行して加計町となりました。

1954(昭和29)年3月30日国鉄:布駅~加計駅延伸。津浪駅も開業。
1956(昭和31)年11月19日田ノ尻仮乗降場開業。12月20日駅に昇格し、筒賀駅となりました。

1956(昭和31)年9月30日安野村+加計町=新しい加計町。
1969(昭和44)年7月1日(筒賀駅から)田之尻駅に改称。
1987(昭和62)年4月1日国鉄民営化でJR西日本。
2003(平成15)年12月1日廃線。

2004(平成16)年10月1日加計町+筒賀村+戸河内町=山県郡安芸太田町。
太田川に架橋の橋々を祇園大橋から上流側へ野冠橋まで撮影して編集してきました。
今(2022年5月)回は、息子が考えてくれた、志和ICから山陽自動車道に乗り、中国縦貫自動車道・加計スマートICで降りて“(廃線JR可部線)第六太田川橋梁”から下流側の橋々を撮影しながら野冠橋の上流側“宇賀大橋”まで17橋を撮影していこうと提案してくれたのです。
妻が乗っていたわが家の軽自動にはETCがなかったのでこの計画自体が出来なかったのですが、軽自動車のように狭いところが走れないからとは云われていましたが、老人のわたしには疲れましたがスムーズに撮影出来たのでした。
今(2022年)回は上記のようなことからまず中国自動車道中国太田川橋の下から撮影して、この廃線・第六太田川橋梁を撮影しましたが、編集作業は、この鉄道橋が最後となりました。
編集しながら、廃駅津浪駅が近くだった事を可部線を調べながら(すっかり忘れていた事でしたが)思い出したのです。
可部廃線前の2003年11月2日三段峡の紅葉を妻と見に行く途中、その津浪駅舎を撮影していたのです。
その画像には、中国自動車道・中国太田川橋の高架が写り込んでおり、この鉄道橋は写っていないものの鉄道橋の曲がりが想像できるものでした。
  関連頁:(裕編集の)JR津浪駅
 22.06.18.裕・記編集

22.05.06.撮影
山県郡安芸太田町中筒賀と安芸太田町津浪とを流れる太田川に架かる廃線可部線の「第六太田川橋梁

22.05.06.撮影
(上流側を)津浪側からみました

22.05.06.撮影
点検用通路+上路ガーダー桁橋(レールは撤去されていますが枕木は残っています)

22.05.06.撮影
橋台部分をみました

22.05.06.撮影
下流側桁をみました

22.05.06.撮影
(下からみあげました)

22.05.06.撮影

22.05.06.撮影

22.05.06.撮影
下流側からみました

22.05.06.撮影
向側:(中国自動車道)中国太田川橋    手前:(廃線可部線)第六太田川橋梁



   (太田川)
(廃線可部線)第六太田川橋梁
(中国自動車道)中国太田川橋
砂ヶ瀬橋
筒賀橋
向光石橋
吉ヶ瀬橋
(廃線可部線)第五太田川橋梁
安水橋
津伏橋
(廃線可部線)第四太田川橋梁
程原橋
安野橋
(廃線可部線)第三太田川橋梁
(廃線可部線)第二太田川橋梁
追崎橋
(廃線可部線)第一太田川橋梁
宇賀大橋
広島の橋」編



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