(広島国際会議場以前の)広島公会堂
  中区中島町の平和記念公園に建っている現在の広島国際会議場の前に建設されていた「広島市公会堂(併設の新広島ホテル)」をこの頁では取り上げました。
※建物の外観がわかればと平和記念資料館展示の模型を撮影使用しています。
平和記念公園は、1952(昭和27)年3月31日に広島平和記念都市建設法に基づいて都市計画に加えられ記念施設に位置づけられました。
しかし、財源の確保が困難で、計画から三年後に本館(現・平和記念資料館東館)は1955(昭和30)年5月竣工。陳列館(現・平和記念資料館本館)は1955(昭和30)年8月竣工。
ここで取り上げた集会所は、特異性が認められないという理由から国の補助対象とならなかったのです。そのようなことから地元財界が立上がり公会堂(新広島ホテルが併設されました)として建設され広島市に寄附されました。
公会堂の設計も当初は、丹下健三が手掛けることになっていたそうですが、財界の早期完成の要望から(広島の)白土設計事務所に変更されるなど、丹下グループ案によって整備されてきたわけではなかったのです。
1955(昭和30)年3月4日 広島市公会堂開館、併設の新広島ホテル開業。
1972(昭和47)年2月1日 広島市監査委員会が(ホテルの営業は)都市公園法に違反と指摘。
1973(昭和48)年5月31日 新広島ホテル閉業。
1986(昭和61)年 広島市公会堂閉館。
1989(平成元)年7月1日 「広島国際会議場」に建替、(改称して)再開館。
2002年広島国際会議場の頁を編集した時に広島市公会堂の頁も編集できればと思ったのですが文章だけではと思い編集に至っていなかったのです。
1982(昭和57)年故郷広島に(わたしが)帰ってきたときは公会堂はまだあったのですが、いつ閉館になったか思い出せなかったのです。今回編集にあたり、2013年平和記念資料館を見学した時模型を撮影していた画像とNET情報の閉館年を加えてこの頁を編集しました。
17.04.25.裕・記編集

13.04.08.平和記念資料館展示模型を撮影
広島市中区中島町1  平和記念資料館展示模型

13.04.08.平和記念資料館展示模型を撮影
公会堂 原子爆弾災害資料陳列館 平和記念館(本館)

13.04.08.平和記念資料館展示模型を撮影
公会堂には新広島ホテルが併設されていました



平和記念公園周辺・全体



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広島国際会議場
(玄関前の)被爆石の敷石
(当初建設)広島市公会堂


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