被爆電車に乗って・被爆建物めぐり

  報道を見聞きしているとこの季節になるといろいろな団体が被爆電車でのいろいろな企画を立てているようです。
2007(平成19)年8月4日、宇品公民館主催の「被爆電車に乗って被爆建物めぐり」に参加しました。
被爆電車に乗って、(中学1年・12歳時)千田町で被爆された米倉繁二さんの被爆体験を聴きながら651号に乗りました。(米倉さんは、交流ウォークの会員でもありますが、ご本人の許可を得て画像を載せた頁を作成しました)
米倉さんは、広島平和記念資料館がすすめている広島で被爆された方の体験談をビデオに収録するという企画に出演協力しておられますので、原爆による悲惨な出来事の実相を後世に伝えるための被爆体験をそちらでも聴くことが出来ます。
宇品公民館の主催で「被爆電車に乗って被爆建物めぐり」に、今(2007)年で3回目の協力になるという交流ウォークのウォークスタッフとして交通整理くらいしか出来ませんでしたが参加させていただいたのです。
07.08.06裕・記編集
   関連頁:被爆した建物等一覧

07.08.04.撮影
宇品公民館すぐの宇品4丁目電停にて被爆電車651号に乗車

07.08.04.撮影
本川町電停までの≒20分間、米倉さんの被爆体験を聴く。
千田町で被爆された米倉さんの記憶と現在の窓外の街並みとをかさねあわせた話も電車ならではの企画かと・・・

07.08.04.撮影
650形電車の由来
  この651号電車は、昭和20(1945)年8月6日午前8時15分、市役所付近を運行中に、人類史上初の原子爆弾により被爆しました。
  焦土と化した広島に電車を走らせようと、人手や復旧資材の乏しい中、懸命の作業により、3日後には僅かに残った車両を使い、一部区間(己斐-西天満間)で運行を再開した。
この651号は被害が大きかったので、復旧は翌(1946)年3月になりましたが、復興に努める広島市民の重要な足となり、活躍しました。
  なお、被爆した電車のうち650形の2両のみが、現在も元気に走り続けています。
広島電鉄株式會社

07.08.04.撮影
本川町電停で下車(これより本川小学校からはじまった被爆建物めぐり)



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