(新天地)紅桃花稲荷大明神

伝承によると伏見豊川稲荷の系統で、約300年前般舟寺六代知譽龍潮大僧正が般舟寺の守護神として勧請。1920(大正9)年般舟寺十九代浄誉霊雄時代に新天地商店街の商売繁盛の守護神として旧新天地の中心に造営。三川町の「とうかさん」の従兄弟にあたるそうです。
1945(昭和20)年8月6日被爆時御神体は疎開されていたことから罹災は免れたそうです。
(みょうじん)
明神:
神を尊んでいう語。特に霊験あらたかな神をいうこともある。
「名神」から転じた語という説もある。
1982(昭和57)年故郷広島に(わたしは)帰ってきた時は、まったく故郷の神社寺院に関心もなく過ごしていました。2004年交流ウォークでここ紅桃花稲荷大明神を案内していただき、夜、酔っぱらった状態ではこの神社を見ていてもわかっていなかったのだろうな〜と思って、お参りしました。その後般舟寺を訪ねお参りしました。
2005年当時本殿を正面からしか撮影していない事から2010年になりましたが別角度から撮影しました。その時、平成21(2009)年6月設置の神社由来板を知りましたが、内容的には上記で紹介したものとほぼ同じでした。
11.04.21更新    04.06.13裕・編集

05.03.19撮影
広島市中区流川町7     (東新天地駐輪場上の公園にて再興されています)

05.03.19撮影
正一位紅桃花稲荷大明神

10.03.30撮影

10.03.30撮影

04.06.12撮影



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紅桃花稲荷大明神


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