(比治山御便殿広場)御大典記念碑

  昭和天皇、皇位継承の大典記念として昭和三(1928)年十一月十日(当時)比治山公園・御便殿広場であったこの地に建立された「御大典記念碑」です。
(わたしが)わかっている方の碑文『興天地合其徳』から『○○○合其明』の○○○が、『興月日合其明』であると考えるのが普通なのでしょうが、木々に隠れている文字をやっとそうだったのかと判読したと思っていました。
※『與天地合其徳』、『與日月合其明』でした。興と思っていたのは与の旧字の與という字でした。
2006年昭和天皇在位60年記念碑を撮影して、加藤元総理の(銅像はない)台座を撮影に行こうとしていたとき、記念碑らしきものをみたのです。
播磨屋町民が御大典記念として建立することはわかったのですが、その碑をまるで隠すように植樹された木が碑面を遮っていました(ちゃんと見えても読めたかは不確かでした。
改めて訪ねこの碑を観てみましたて上記のような事がわかりました。
2015年久しぶりに訪ねた時、ここ御便殿跡広場前に説明板が設置されており、その中に昭和の頃の御便殿広場の絵葉書が掲載してあり、この御大典記念碑の配置がよくわかりましたので撮影し、頁に加えました。
15.09.17.更新     06.08.29裕・記編集

06.08.06.撮影
広島市南区比治山公園1 (御便殿跡広場)
















06.08.06.撮影



















































夫大人者、與天地合其徳、與日月合其明。與四時合其序。與鬼神合其吉凶。先天而天弗違。後天而奉天時。天且弗違。而況於人乎、況於鬼神乎。
亢之爲言也、知進而不知退、知存而不知亡、知得而不知喪。其唯聖人乎。知進退存亡、而不失其正者、其唯聖人乎。
それ大人は、天地とその徳を合わせ、日月とその明を合わせ、四時とその序を合わせ、鬼神とその吉凶を合わす。天に先だちて天違わず、天に後れて天の時を奉ず。天すら且つ違わず、しかるをいわんや人をおいてをや、いわんや鬼神においてをや。
亢の言たる、進を知って退くを知らず、存するを知って亡ぶを知らず、得るを知って喪うを知らざるなり。それただ聖人か。進退存亡を知って、その正を失わざる者は、それただ聖人か。
資料は、竹村亞希子さんの易経:乾為天(けんいてん)解説を参考にしました

設置の説明板の写真を15.09.05.撮影
「比治山公園案内板」2009年設置。 その中の昭和の頃の「御便殿広場の絵葉書」広島公文書館藏



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