|
中区寺町の本願寺広島別院境内に建立されている「廣島縣警察官殉難之碑」です。 |
正面: |
廣島縣警察官殉難之碑 廣島縣知事正四位勲二等宗像政書 |
裏面: |
明治四十二(1909)年十一月發起、廣島別院建之 寄附 真宗崇徳教社 |
|
(らそつ)
邏卒: |
1)見まわりの兵卒。巡邏(じゆんら)の兵隊。
2)巡査の旧称。明治初年、各府県で警察の任にあたった者。 |
(けいさつしょ)
警察署: |
都道府県警察の下部機構で、おのおのその管轄区域内の警察事務を扱う官署。警察。 |
|
明治42(1909)年建立の石碑ですので広島別院の境内で被爆したものでしょう。
明治4(1871)年に邏卒が設置された事で日本の警察制度がはじまったことをわが町の交番を調べているときにわたしは知ったのです。
この廣島縣警察官殉難之碑の文字が廣島縣知事宗像政の書であることもわかったのです。 |
2004年9月交流ウォークのときは気が付かなかったのですが、10月再び訪れたときに境内東側でこの石碑をみたので、撮影しこの頁を編集しました。 |
2015年久しぶりに「中国配電職員弔魂塔」 と 「廣島縣警察官殉難之碑」を訪ねましたので、根際のこの碑にも頭を垂れ撮影しましたので、この頁を再編集しました。 |
15.06.25.再編集 04.11.22裕・編集 |