みささじんじゃ
三篠神社
                  三篠神社略記
祭神:伊弉諾尊 伊弉冉尊 大年神 大国主神 宗像神 猿田彦神 八幡神 天満天神
永録年間(1558-1569、戦国時代) 此の近在に 大年神を 大年大明神と称して創祀 
天正年間(1573-1591) 横川往還の東側 楠の木の大木の下に猿田彦神を 楠木大明神と称して創祀承応三(1654)年 現社地に宮社を造立 大国主神を 黒皇大明神と称して創祀 前記大年大明神 楠木大明神を合祀
明治に至り 黒皇神社と称す 其後 楠木村 新庄村 打越村を合併し 三篠町と称せし頃の 大正三(1914)年 町の中心地たる  楠木鎮座 黒皇神社に 新庄鎮座 熊野神社 打越鎮座 八幡神社 青木神社を合併 社号を 三篠神社と改称 全町の総氏神と仰ぎ 境内の拡張と 壮大なる社殿を造営せしも 昭和二十(1945)年 原子爆弾のため 樹齢三百年に及ぶ境内木と共に鳥有に帰す 幸に御神体は災禍を免がれ給いしかは 暫時元 熊野神社跡なる御旅所に遷御 昭和二十三(1948)年本殿一棟を造営 昭和四十八(1973)年 山手町鎮座 天神社合併。境内地は都市計画のため狭溢となる。
資料は略記碑を参考にしました
資料によると、全焼した境内では狛犬が残り、被爆した燈籠や敷石が残っているとありました。
  爆心地から≒1870m     被爆当時旧町名は三篠本町一丁目でした
2004年(わたしは)はじめて訪ねたここ三篠神社でした。境内で被爆樹木である市設置の黄色い標識をみましたので、神社とともに撮影しました。後日、資料で被爆した狛犬なども残っている事を知り撮影に行きました。
今(2011)年被爆し焼失した後再び芽吹いたボケを知り撮影に行き、別頁で編集しました。
被爆した石燈籠も以前に撮影していましたのでこの三篠神社の頁も再編集しました。
11.04.30再編集  04.10.19裕・記編集

04.10.15.撮影
広島市西区三篠町1−11-5
三篠神社(表)参道より境内をみる。    秋の例大祭のようでした

04.10.15.撮影

04.10.15.撮影
御鎮座四百参拾年記念 平成五年秋    1993(平成5)-430=1563(永禄3)

04.10.15.撮影
三篠神社裏参道

06.10.21.撮影
社 殿

04.10.15.撮影

04.10.21.撮影

04.10.21.撮影
奉獻  (被爆した狛犬と思われます) 奉献 (戦後の狛犬)

09.10.10.撮影

09.10.10.撮影
奉燈  (被爆した石燈籠、火袋は戦後のもののようです) 明治四拾一 (1908年)年九月吉日建之

06.10.21.撮影
被爆した敷石
  参道入口から鳥居までの敷石(両側の各2列は、昭和20(194)年8月6日 原子爆弾により被爆した広島信用金庫横川支店(竣工時三篠信用組合本部事務所 爆心地から約1.7km)の敷石を移設したもので 平成2(1990)年広島市の代表的な被爆建物である同支店を老朽化のため改築するにあたり ここに寄進し後世に伝える
平成5(1993)年春  広島信用金庫



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被爆した建物・構築物」編



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