しんじょうのみやじんじゃ
新庄之宮神社

祭神:家都御子大神(けつみこのおおかみ)
由緒:社伝によると、もとは伊弉諾神一柱を祀っていましたが、正慶年間(1332-1334)紀伊国熊野本宮より伊弉册神を勧請合祀し熊野新宮大明神と称したそうです。明治5(1872)年村社に列せられ、新庄の天王に鎮座の大国主命を祀る天王社を廃社して相殿に祀り、社号を熊野神社と改称しました。大正3(1914)年楠木鎮座の黒皇神社、打越鎮座の八幡神社、青木神社を合併して社号を三篠神社と改称し、熊野神社跡は三篠神社の御旅所としました。
昭和27(1952)年三篠神社から分離して旧熊野神社を新庄之宮神社として昭和46(1971)年紀伊国熊野本宮大社依り家都御子大神を勧請しました。
被爆した建物は、本殿と拝殿です。 爆心地から≒2900mで、被爆当時町名:三篠本町4丁目と称していました。
御祭神の家都御子大神(けつみこのおおかみ)がどういう神様か解らなかったのですが、参考にしている川口謙二氏編『日本の神様事典』総索引にもない、そうこうしているうちに「熊野本宮大社」の項目を見ているときにヒントがありました『和歌山県本宮町に鎮座するこの(旧・国幣大社の)祭神が素盞嗚尊(すさのおのみこと)の別名だといわれる家津御子神(けつみこのかみ)で島根県八雲村熊野に鎮座する熊野神社(旧・国幣大社)を勧請したもの』とありました。
以前PCを壊したときに2004年撮影当時の画像を失っているようですので、再編集できず改めて撮影しました。由緒も分からなくて記述していませんでしたが、広島県神社誌を参照して記述しました。被爆建物に関する事は分離独立した頁で編集します。
10.12.13再編集    04.10.30裕・編集

10.11.17.撮影
広島市西区大宮一丁目1-9

04.10.15.撮影

09.10.10.撮影

10.11.17.撮影

04.10.15.撮影
本殿
一間社流造、銅板葺(間口:四尺五寸、奥行:三尺)
昭和48(1973)年奉納の絵馬
(素戔嗚尊の八岐大蛇退治?)

10.11.17.撮影

10.11.17.撮影
西側より社殿をみる 東側より社殿をみる

10.11.17.撮影

04.10.21.撮
夫婦クス 2004年参拝の時は神社社務所新築工事の施工中でした



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