置鳳輦止處

  西区草津東に建立されている「置鳳輦止處・碑」です。
この碑は「鳳輦を置きとどめるところ」と読むそうです。
明治18(1885)年8月1日明治天皇が山口・広島・岡山を巡幸された時と、明治28(1895)年4月12日皇后が宮島へ参拝された時、どちらの時も小泉家で休憩された此れを記念して建てられたのがこの碑だそうです。
※小泉家はこの橋の北詰に位置し、天保の頃から酒造をはじめいまも厳島神社の神酒を造っています。
2005年交流ウォークに参加させていただかなければ恐らく何の気なしに横目で見るだけだったでしょう。草津の御幸橋北詰の‘鳳輦の碑’を説明していただかなければ考える事もなかったのでしょう。・
2007年再度の交流ウォークのとき碑の裏面をみて碑文が刻まれていることを知り読んでみました。
07.09.24更新    05.03.30裕・記編集

05.03.21撮影
広島市西区草津東3-5-12

07.06.06撮影







































廿


























西







(ほうれん)
鳳輦:
屋形の上に金銅の鳳凰を飾りつけた輿(こし)。土台に二本の轅(ながえ)を通し、肩でかつぐ。
天皇専用の乗り物で、即位・大嘗会(だいじようえ)・御禊(ごけい)・朝覲(ちようきん)・節会(せちえ)など、晴れの儀式の行幸に用いた。鸞輿(らんよ)。鳳輿(ほうよ)。
ぎょうこう(ぎょうごう)
行幸:
天皇が出かけること。みゆき。
※行き先が二か所以上のときは「巡幸」という→行啓(ぎようけい)
(ごこう)
御幸:
(天皇の「行幸」に対して)上皇・法皇・女院の外出。



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