「原爆・戦争犠牲者追悼非核・平和を願う」記念碑 (母と子―わたす像)

  三次市三良坂町の三良坂平和公園に1989(平成元)年に建立された「原爆・戦争犠牲者追悼非核・平和を願う記念碑」(母と子―わたす像)です。
※「母と子―わたす像」の制作者は吉田光正です。
原爆・戦争犠牲者追悼非核・平和を願う
「記念碑」建立について
過去の戦争の悲惨さをあらためて思い、原爆犠牲の実態を確め「あやまちをくりかえさない」取くみを一日もおろそかにしてはなりません。
非核・平和自治体宣言を機に、町内外の多くの団体個人の方々の募金によって、精神的支柱として「記念碑」を建立しました。尚、募金者の名簿は「記念碑」の中に保存し永久にその名をとどめます。
1989(平成元)年10月 三良坂町平和を願う会
三良坂町自治振興区連絡協議会発行「三良坂平和公園ガイド」に、1987年に記念碑が建てられたとあります。「母と子―わたす像」の制作者:吉田光正(自由美術協会会員)
(よしだみつまさ)
吉田 光正:
(1941-  )
彫刻家。群馬県高崎市出身。武蔵野美術学校彫刻科卒業。
1968年ソフィア第9回世界青年学生平和友好祭日本代表、同国際美術展出品。1990(平成2)年自由美術展「母と子―わたす」平和賞受賞。
2015年8月7日中國新聞報道「広島県北の8・6 平和へ思い」によると
『ことしで70年を迎えた原爆の日・8月6日県北各地でも犠牲者を追悼する集いがあり、平和を祈った。
三次市三良坂町の三良坂平和公園では、原爆死没者追悼式典があった。
「母と子―わたす像」の前に集まった町内の被爆者や住民、みらさか学園の小中学生たち計約160人が犠牲者の冥福を祈った。
主催した三良坂平和を願う会の田口正行会長(58)は「人類と核は共存できない。核廃絶への運動を続けていく」とあいさつ。原爆投下時刻の午前8分に合わせて全員で黙とうした。
三次市神杉地区であった「平和と戦没者慰霊の集い」には、住民たち約100人が参加。被爆者の広信信人さん(84:廻神町)の体験に耳を傾けた。
三次市市河内地区の「平和の集い」では、住民や河内小、河内保育所の子どもたち計約50人が集い、地元の100人の戦没者の慰霊碑に折り鶴や菊をささげた。
三次市市内の被爆者は、この1年間に約90人が亡くなり、約1,400人となった。 』そうです。
三良坂平和公園に「母と子―わたす像」が建立されていました、台座の裏に回ると『原爆・戦争犠牲者追悼非核・平和を願う「記念碑」建立について』というプレートが付けられていました。
09.04.18裕・記編集

 09.04.07撮影
広島県三次市三良坂町三良坂2825 三良坂平和公園

’09.04.07.撮影

09.04.07.撮影

09.04.07.撮影



「原爆関連慰霊碑等巡り」編
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