(岡部台の)中村憲吉歌碑
  三次市布野町大字上布野字風越に建立されている「中村憲吉歌碑」です。




































 (碑表面)
中村憲吉歌碑(なかむらけんきち かひ)
位置:布野村大字上布野字風越1044番1
    (通称:岡部台)
作成年代:昭和19(1944)年5月19日
作者:布野教育振興会
歌人:中村憲吉(1889-1934)
    アララギ派の歌人で、布野村に生れ、
   わが国の歌界に大きな業績を残して、
   昭和9(1934)年5月5日46歳で没した。
(碑裏面)
この歌碑は中国新聞社の提唱と援助により布野教育振興會が建立したものである
     昭和十九年五月十九日

* 書斎からみる梶谷山を、借景として詠んだ中秋の名月のこの歌は、憲吉の代表的な作品と云われています。
須臾(しゅゆ): 短い時間。しばらくの間。ほんの少しの間。
布野町(ed.jp)が紹介するweb siteをみて、三次市布野町には中村憲吉の歌碑が4箇所建立されている事を知り、この岡部台に建立されている歌碑の事も知りましたが、具体的な位置がわかりませんでした。
中村憲吉記念文芸館隣の布野図書館で尋ねれば教えていただけるだろうと考えていました。文芸館を見学した後、図書館で館員の方に、岡部台とはと、事前に用意していた(三次市)布野町の地図で何処にあたるのか尋ねました。
布野中学校体育館の先のところが通称・岡部台と云われていると教えていただきましたので、布野中学を目指しました。布野中では丁度体育祭の練習をしようとしている処で、「中村憲吉歌碑は何処でしょうか」と尋ね教頭先生?が体育館の先のテニスコートのその先ですと教えていただきましたので、校庭の端を通ることを許可していただき、やっとこの中村憲吉歌碑にたどり着きました。
12.07.01裕・記編集

12.05.29.撮影
広島県三次市布野町大字上布野字風越1044番1 (通称:岡部台)

12.05.29.撮影

12.05.29.撮影
碑表面 碑裏面

12.05.29.撮影

12.05.29.撮影
布野中校舎の方からグラウンド、体育館をみたところです。
グラウンドの先(左側)にテニスコートがあり、その先の林の中に歌碑があります。



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