こうとくじ
康徳寺

  世羅郡世羅町に建てられている「瑞田山・康徳寺」です。
※臨済宗の禅寺です。本尊:1365(貞冶4)年開眼の釈迦如来(坐像、180cm。寄木造り)。
創建は古く、白鳳時代(645-710)と言われています。大田庄の豪族によって建立され、当時の宗旨は、法相宗(奈良・薬師寺)か華厳宗(奈良・東大寺)あるいは天台宗(比叡山延暦寺)とも伝えられていますが定かではありません。
記録に現れるのは宗旨を臨済宗に改め、名僧石室善玖和尚を開山として迎えた1353(文和2)年ごろからです。
寺勢は盛んで、当時、寺内に大善寺、西福寺、岡之坊など12の子院がありました。これは、現在の寺町の集落をすっぽり包み込むほどの広大な寺域です。これらの昔の寺名は、現在田圃の名前として名跡をとどめ、使われています。
しかし、その寺も慶長年間(1596-1615)広島城主福島太夫正則(在職:1600-1619)によって焼き討ちに遭い(大田八幡宮略縁起)、本寺一つを残してすべて灰になりました。
現在の寺は江戸時代はじめ、地元の庄屋松本助兵衛によって再興されたもので、知道住職は石室善玖和尚から数えて25代目にあたります。
上記お寺の歴史は、康徳寺の資料を参照しました。
2016年黄金週間でごった返す道の駅・世羅だったので(食事をしようと思っていたのですが)これではいつになるかわからないと、町内の食事処を探そうとしたときみたのが康徳寺古墳を案内する道路標識でした。
古墳をしばらく見ていなかったので、古墳を見に行くかと道路標識の矢印の方に入って行ったのです。途中みたのが、真行寺で立ち寄り、その後康徳寺古墳を見学したのち、ここ康徳寺を訪ねたのです。
お寺門前に雪舟庭園の標識をみました。また、薬師堂本尊薬師如来像が世羅町重要文化財と知りました。これらは別頁で編集することにしました。
山門横に奈良時代の金堂の礎石、芯柱の一部が展示されていましたので撮影しました。
道の駅世羅にすんなりと入ることができれば、このお寺を知ることも立ち寄ることもなかったでしょうが、渋滞が取り持つ何かの縁を(浄土宗徒のわたしですが)感じながらこの頁を編集しました。
 16.05.13.裕・記編集

16.05.04.撮影
広島県世羅郡世羅町寺町1386

16.05.04.撮影
現在のお寺は江戸時代はじめ、25代知道住職時代に再興された(その記念石燈籠) 

16.05.04.撮影
(寺号石碑)石室善玖禅師道場  瑞田山康徳寺

16.05.04.撮影
 (明治三十年建之の山門)

16.05.04.撮影

16.05.04.撮影
(本堂では法要が行われていました)

16.05.04.撮影

16.05.04.撮影

16.05.04.撮影
 
16.05.04.撮影
雪舟庭園 薬師堂 (奈良時代金堂)礎石、芯柱一部



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