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南区元宇品町の観音寺墓地に1947(昭和22)年建立された「宇品造船所戰歿者供養塔」です。
*碑文に原爆での死没者もありましたので、原爆関連の慰霊碑の項目に加えています。 |
(碑文) |
昭和二十(1945)年八月六日遭原子爆彈之空襲
戰歿者無慮當社從業員蒙災厄而死者多
矣祈戰病死者各霊追善冥福發願
社長立田義一建立卒塔婆一基
株式會社 宇品造船所 |
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資料によると166柱を供養した塔婆で、1947(昭和22)年8月建立であることがわかりました。
この碑の碑銘は「戦没者供養塔」となっており原爆という言葉が使われていないのは日本が占領された状況でプレスコードが敷かれていた時代だったからではと(わたしは)思いました。 |
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1922(大正11)年4月俵造船所55%+松田造船鉄工所45%の比率で(株)宇品造船所発足。
1980(昭和55)年7月(株)宇品造船所は金輪船渠(株)に合併吸収され金輪船渠(株)となりました。
1988(昭和63)年8月金輪船渠(株)は西武グループに入る。
1998(平成10)年9月西武造船(株)に社名変更。
2006(平成18)年4月西武建設から西武造船の全株式を新来島どっくに譲渡、新来島宇品どっく設立。 |
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資料をみてこの宇品造船所戰歿者供養塔が建立されていることは以前より知っていましたが、以前探せませんでしたが今(2009年4月)回交流ウォーク探検隊の時墓地を見て歩きわかり、頭を垂れ撮影させていただきました。 |
09.08.16更新 09.04.11裕・記編集 |