(亀山の)義経橋

  安佐北区亀山の大毛寺川に架かる「義経橋」です。
※橋長:23.0m、幅員:47.2m。コンクリート桁橋。平成16(2004)年3月竣工。一般国道191号。
亀山公民館の「亀山地域の史跡」にこの義経橋について
広島農協亀山支店近くの大毛寺川上流に、国道191号線から虹山団地に曲がる交差点 に「義経橋」が架かっています。
文政2(1819)年、ここの庄屋の記録に、村内小字「義経」があり、明治初(1868)年の小字再編成 でも「義経」の名は消えずに残っていました。源義経(1159-1189)は、鎌倉幕府を開いた源氏の棟梁・頼朝(1147-1199)の異母弟で、平家を倒して政権確立に貢献しましたが、頼朝に追われて31歳の若さで波乱の生涯を終えた悲劇の人物としてよく知られています。この橋の近くに「義経の墓」という墓があったと云い伝えられ、暗い夜に、この墓の下で剣を打ち 合っている音が聞こえたという話が残されています。 「義経の墓」があったと伝えられる墓地の所有者が「源氏田」さんであったそうです。
』と紹介がありましたので撮影しました。
今(2011年6月)回、(原爆投下時落下傘落下地点)原爆犠牲者之碑を訪ねる事にしましたので、JR可部駅からの道すがらの史跡を訪ねようと、亀山公民館の資料を参考に計画を建てました。
亀山公民館に立ち寄ってから、原爆犠牲者之碑を訪ねることにしましたので途中のこの義経橋の名の由来の一端を知りましたので訪ねたのです。上記のような伝承が残るような橋の姿ではありませんでしたが、川に対して斜めに架かるめずらしい橋でした。
11.08.19.裕・記編集

11.06.25撮影
広島市安佐北区亀山大毛寺川に架かる       (亀山7丁目と亀山4丁目・5丁目を結ぶ)

11.06.25撮影

11.06.25撮影

11.06.25撮影
平成16(2004)年3月竣工の義経橋の橋名板を亀山小学校の児童が書いた事がわかりました

11.06.25撮影

11.06.25撮影

11.06.25撮影
大毛川に対して国道191号が斜めに通っていますので、広い面積の端になっています



「広島の橋」編


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