(広島平和記念資料館芳名録)丸木位里・丸木俊のメッセージ

  中区中島町の広島平和記念資料館芳名録に残し「た丸木位里・丸木俊のメッセージ(スケッチ)」です。複製が公開されています。
※1984(昭和59)年3月16日夫妻で来館時に残したメッセージです。
          丸木位里(まるきいり:1901-1995)
日本画家。広島県安佐郡飯室村出身(現・広島市安佐北区飯室)。
初め日本南画院展、1936(昭和11)年から1938(昭和13)年まで青龍社展に出品。1939(昭和14)年美術文化協会結成に参加、1947(昭和22)年まで会員。また、1946(昭和21)年日本美術会創立に加わる。1947(昭和22)年美術文化協会を脱退して前衛美術会をおこすが、1949(昭和24)年同会を退き、以後無所属となる。
この間、妻の丸木俊と「原爆の図」第一部「幽霊」の共同制作を続け1950(昭和25)年第3回日本美術会アンデパンダン展に出品大きな反響をよんだ。以後、「原爆の図」は、「火」「水」と描き続けられ、1953(昭和28)年国際平和文化賞受賞。これらを公開するため、1966(昭和41)年埼玉県東松山市に“原爆の図丸木美術館”開設。1982(昭和57)年までに15部が完成した。
晩年、水墨による自由で力強い風景画の制作にも取り組む。
          丸木俊 (まるきとし:1912-2000)
洋画家。北海道出身。女子美術専門学校卒業。旧姓は赤松。本名は俊子。1941年丸木位里と結婚。
原爆投下直後の広島を体験。夫とともに1948(昭和23)年から「原爆の図」をえがきはじめ昭和1982(昭和57)年までに全15部を完成させる。その間の1953(昭和28)年国際平和文化賞受賞。
作品はほかに「水俣の図」「沖縄戦の図、絵本「ひろしまのピカ」,自伝「女絵かきの誕生」など。
ここで取り上げた「丸木夫妻のメッセージ」は、広島平和記念資料館(通称・原爆資料館)を見学した多くの著名人も、平和へのメッセージを記帳し残しています。
わたしは2013年(資料展示を)見学した後、本館2階北側の廊下(休憩所にもなっています)で、著名人の平和メッセージがファイルになっているのに気が付きみました。
そのファイルには多くの著名人が平和へのメッセージを残していましたが、ここで取り上げた丸木夫妻のメッセージ(鳩のスケッチ)”がありましたので、頁を編集しようと撮影しましたが、編集しないままになっていました。2017年になりましたがこの頁を編集しました。
1959(昭和34)年平和記念公園を訪れているエルネスト・ゲバラ(通称:チェ・ゲバラ:1928-1967)の平和へのメッセージがファイルの中にないかとみたからなのですが、ゲバラのファイルはないようでした。
(カストロ議長のメッセージはありましたが)
17.04.24. 裕・記編集

13.04.08平和記念資料館.展示を撮影
「原爆-ひろしまの図」(広島市現代美術館所蔵)を広げる丸木位里(右から3人目)。俊(右から2人目))
広島市中区中島町1 広島平和記念資料館本館(2階北側廊下)に展示

13.04.08平和記念資料館.展示を撮影
芳名録に残したメッセージ(鳩のスケッチ)



広島平和記念資料館


「平和記念公園」編



広島ぶらり散歩へ
「野外彫刻など」編


inserted by FC2 system