(郡八幡神社への改称)紀念碑

  東広島市西条町寺家の郡八幡神社に建立されている「(郡八幡神社改称)紀念碑」です。
*記念碑ですが、この種の碑によく使われている“紀念碑”と刻まれています。
正面: 紀念碑
〔碑文は下記〕
裏面: 氏子總代信徒總代有志者
社掌:磯部鞆夫 村長:尾越逸平 他14名
 明治四十三年十一月建之 
わたしには読めない処もありましたが、小売八幡神社へ改称された経緯を刻んだ石碑だとわかりました.
広島県神社誌にある由緒の記述を書きに掲載しておきます。
由緒: もと福原神社と称していました。
明治42(1909)年大字寺家字四歩一の郡八幡神社、字龍王山の雨乞神社を当神社に合併し翌(1910)年に郡八幡神社と改称しました。
もとの郡八幡神社は大同2(807)年の勧請と伝え、賀茂郡を総轄する大社であったので郡八幡宮を称すという。往古の祭礼時には郡内所々へ神輿の渡御が行われ、賀茂郡南方村の伊保八幡宮(元賀茂郡黒瀬宗近柳国。現東広島市の伊保山神社)を御宿所としたという。
1889(明治22)年4月1日町村制の施行時に(賀茂郡)寺家村+西条東村=寺西村発足しました。
1939(昭和14)年7月1日西条町+吉土実村+御薗宇村+下見村+寺西村=(新しい)西条町
1950(昭和25)年4月1日西条町から西条東と寺家が分かれて寺西村が発足しました。
1952(昭和27)年4月1日寺西村が町制を施行して寺西町発足。
1959(昭和34)年10月1日寺西町が(賀茂郡)西条町に編入しました。
1974(昭和49)年4月20日西条町+八本松町+志和町+高屋町が合併して東広島市発足。
郡八幡神社を拝殿内で参拝した後社殿周りをぐるっと回った時にであったこの記念碑でした。
わたしには読めない字もありましたが、頁を編集しようと撮影しました。
本村というが何村かとの疑問を持ったままの編集sでしたので、東広島市の歴史を遡ってみました。
21.06.26.更新   21.05.22.裕・記編集

20.05.24..撮影
東広島市西条町寺家4575 郡八幡神社境内

20.05.24..撮影
碑念紀


















































殿
















































































































































20.05.24..撮影
(表面)   (裏面)

20.05.24..撮影



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