(広島大学)「フェニックスの葉」説明板

  東広島市鏡山の広島大学工学部慰霊碑前に置かれている「フェニックスの葉・説明板」です。
※2002(平成14)年8月に被爆煉瓦で制作されたという作品は展示されていません。
説明板:   2002(平成14)年8月6日
この作品は「フェニックスの葉」を表現したものです。
これは、エジプト神話にでてくる霊鳥フェニックスが、500年生きると
その葉に火をつけ、自分の身を焼き灰の中から新たな生命をもって
蘇るといわれる不死鳥であることになぞられ、原子爆弾で廃墟となった
広島市に新たに生まれた本学を象徴しています。
使用されている煉瓦は、霞キャンパスの医学部校舎として使用されて
いた煉瓦造りの建物〔1945(昭和20)年8月6日に原子爆弾により被爆〕を解体し、
記念として保存されていたもので、平和な社会を築くという広島大学の
願いをこめ工学部学生によって制作されたものです。
   関連頁:(裕編集の)広島大学医学部11号館跡碑
“フェニックスの葉”は、
原爆の廃墟から再生する新広島大学のシンボルとし、学章のデザインにもその葉が図案化されて用いられています。
  被爆煉瓦作品はなかったのですが、
フェニックスの葉が広島大学の学章になっており、
2007年にはフェニックスの葉が広島大学学友会のシンボルマークになっています。
また、2020年にはフェニックスがフェニックスマークとマスコット“ひろティー”になっています。
ので、説明板だけでしたが取り上げてみました。
やはり被爆煉瓦で制作された作品は見たいものだと思うのですが、無くとも敢えてこの頁を編集することにしました。
わたしは2000年頃から原爆関連の慰霊碑を巡りだしていました。
資料をみて、西条に移転した広島大学にも慰霊碑が建立されている事は知っていましたが訪ねることはなかったのです。
工学部慰霊碑を撮影しているときに、この説明板をみました。
読むと被爆煉瓦でできた「フェニックスの葉」という作品があるはずと思ったのですが、慰霊碑周りをぐるっと回ってみましたがそれらしき作品はなかったのです。
慰霊碑の前に、この説明板だけが設置されたようでした。
  23.01.17.裕・編集

22.12.30.撮影
東広島市鏡山1-4-1  広島大学工学部第2棟・第3棟間の西側

22.12.30.撮影
「フェニックスの葉」説明板

22.12.30.撮影
フェニックスの葉・説明板         広島大学工学部慰霊碑標識・碑     広島大学工学部慰霊碑



「被爆した建物・構築物」編



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