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東広島市西条町田口の広島新生学園管理棟前の敷石は“被爆石”で作られています。 |
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上栗(現)園長先生のお話。
『1971(昭和46)年4月広島新生学園が広島市基町の旧野砲部隊跡地から現在地(東広島市西条町田口)に移転する時、基町で被爆した石を持ってきて、新天地でも広島新生学園開園の精神を忘れないようにと管理棟前の敷石として利用しました。』ということだそうです。 |
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1945(昭和20)年10月 |
原爆孤児、戦災孤児、引揚孤児など収容保護を目的として、
広島市(南区)宇品の暁部隊兵舎の一部を借り、経営主体未定で事業開始。 |
1945(昭和20)年12月 |
戦災援護会広島支部(現在の広島県同胞援護財団)の経営となる。 |
1946(昭和21)年 4月 |
広島市(西区)草津東町、さくら母子寮の一部を借り移転。 |
1946(昭和21)年 4月 |
広島市(中区)基町、旧陸軍野砲部隊跡に移転。 |
1971(昭和46)年 4月 |
広島市の都市計画により、現在地東広島市西条町に移転。 |
1971(昭和46)年10月 |
広島県同胞援護財団より分離独立、社会福祉法人広島新生学園設立許可。 |
1971(昭和46)年11月 |
新法人の経営となる。児童養護施設:定員80名。 |
2018(平成30)年4月 |
園舎全面改築。児童心理治療施設認可。 |
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昨(2022)年暮れ正月で帰ってきた息子が行きたいところに連れて行くと云ってくれたので、東広島市に建立されている原爆関連の慰霊碑を巡りたいと頼んだのです。
ここ広島新生学園に建立されている慰霊碑もめぐることにしたのです。
上栗現園長先生に慰霊碑の案内をしていただき帰るときに、管理棟玄関前の敷石は、学園が基町からここ東広島に移転するときに基町から持ってきて設置した被爆した石なのだと園長先生にお聞きしたので、撮影しこの頁も編集することにしました。 |
23.01.20..裕・記編集 |