(小屋浦)水害碑

 
  安芸郡坂町小屋浦の小屋浦公園に建立されている「(小屋浦)水害碑」です。
※明治43(1910 )年2月(広島県によって)建立された水害碑です。
*水害碑の隣に報恩・碑(1911年3月建立)が建っています。(共に2004年ここに移築されたそうです)
正面: 水害碑 (碑文下記)
裏面: 明治四拾三年建之
死者姓名 西山舛兵衛外45(計46名のお名前)
村長菅田茂四郎 助役縫部禄郎 収入役森河信義 書記黒瀬福松外7名 土木委員西谷梅藏外1名
明治40(1907)年7月に安芸郡坂村(現在・安芸郡坂町)で起きた大水害を刻んでいます。
救済や復興・防災工事に尽力した菅田茂四郎村長の功績を水害の事実と共に後世に伝えようと村人の発意で建立。雨が何日も続く中、一度に大量の雨が降って総頭川・天地川が突如氾濫し家屋・人畜を押し流し両川沿いの住人が困窮したという。
・小屋浦公園(天地川沿い)に建立されていますが。
・八幡山八幡神社(相頭川近く)にも建立されています。
  裕編集の関連頁:(八幡山八幡神社根際建立)水害碑
1889(明治22)年4月1日町村制の施行で、安芸郡坂村発足。
  
1907(明治40)年7月15日(ここで取り上げた)豪雨
1950(昭和25)年8月1日町制施行で安芸郡坂町になりました。
  
2018(平成30)年7月6日西日本豪雨で小屋浦地区も大きな被害がでました。
2018年西日本豪雨で、JR呉線沿いにあった小屋浦建獏慰霊碑にも被害が及び、ここ小屋浦公園に移築されたことを新聞報道で知りましたので、2020年・コロナ禍の年でしたので、息子運転の車で訪ねたのです。
この公園に水害碑が建立されていることを資料で知っていましたので、撮影しましたのでこの頁を編集しました。
 21.0330.裕・記編集

20.07.24.撮影
広島県安芸郡坂町小屋浦4-25  (整備中の)小屋浦公園

20.07.24.撮影

20.07.24.撮影





















桑原
八司



























































































































使












































































































































































































































































滿





















































退


谿





谿





































西
















20.07.24.撮影

20.07.24.撮影
(題揮毫)廣島縣知事正四位勲三等宗像政 (碑裏面)明治四拾三年建之

20.07.24.撮影

20.07.24.撮影
報恩・碑       水害碑



「水関連」編



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 -移設後-坂町小屋浦原爆慰霊碑
 (明治40年豪雨)水害碑
 (明治40年豪雨)報恩・碑
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