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呉市幸町の入船山公園に移築展示されている「旧東郷邸(離座敷)」です。 |
登録名称:呉市入船山記念館休憩所(旧東郷家住宅離れ) 1997(平成9)年)5月29日登録
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旧東郷邸
(自由に休憩してください)
東郷平八郎が呉に在任中〔明治23(1890)年5月13日〜明治24(1891)年12月14日、海軍大佐(呉鎮守府参謀長)の居宅の離れ座敷です。
呉東ローターリークラブの創設20周年記念事業として移築されたものです。
家屋提供者:片山盛登氏、竹ノ中勲夫氏 |
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東郷平八郎 (とうごうへいはちろう:1847-1934) |
軍人。海軍大将・元帥。鹿児島の生まれ。1871(明治4)年〜1878(明治11)年英国ポーツマスに官費留学。1894(明治27)年日清戦争では「浪速」艦長。1902(明治33)年12月第一艦隊兼連合艦隊司令長官就任。1905(明治38)年5月27日日露戦争・日本海海戦で露・バルチック艦隊を全滅させた。のち、軍令部長・東宮御学問所総裁を歴任。
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文化庁
登録有形文化財
登録番号: 34-0006 |
名称: 呉市入船山記念館休憩所(旧東郷家住宅離れ)
種別:建築物・住宅。 年代:明治初期(明治時代:1868-1911)
構造:木造平屋建、瓦葺、建築面積37u。
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登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの
元は呉市宮原通りの正円寺前にあった邸宅の離れで、一時期東郷平八郎が居を定めていました。その後移築され、空家となって荒廃していましたが、1980(昭和55)年に呉市によって再度移築されました。8畳と6畳の二間に廊下が付く構成で、海軍ゆかりの施設として広く知られています。 |
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今(2013)年9月も暑い日が続いていました、美術館通りで未撮影の飯田義国作「天の小さな柱」を撮影したのです、そしてこの旧東郷邸も未撮影でしたので立ち寄ったのです。 |
立標識をみると自由に休憩することが出来るとありましたので喉を潤すために縁側に座り持ってきていたペットボトルのお茶を飲みました。
文化財だから立入禁止や上がるべからずなどという無粋なことは表示がないので、書いてあるように自由に上がり休憩することが出来るようでしたが、そうなる(云われる)と、あまのじゃくなのでしょう、これ以上畳などを汚してはいけないな〜と思い、上がらずに縁側での休憩だけで済ましたわたしでした。 |
13.10.01.裕・記編集 |