|
呉市広大新開の広公園内の呉市総合体育館正面南側に建立されている「頼山陽文学碑」です。 |
* |
平成7(1995)年3月30日に呉東ロータリークラブによって建立されましたが、呉市総合体育館の2003年開館にあわせて現在地に再整備されたようです。 |
|
広邨舟遊 襄 (頼山陽の名:のぼる) |
|
漁師を乗せて菰や芦のむらがる中へ入っていった |
折から晴れ渡った湾に月がのぼりはじめる頃 |
網をあげると月明かりに金色の波の光が砕けて |
仄かな明りなのでどんな魚が捕れたのかよくわからない |
|
|
廣
邨
舟
遊
襄
|
依
微
辨
得
獲
何
魚
|
擧
網
金
波
光
破
碎
|
方
是
晴
灣
月
湧
初
|
載
將
漁
叟
入
菰
蘆
|
|
|
* |
江戸時代後期の文学者・歴史家の頼山陽(1780-1832)先生が広村多賀谷邸に遊ばれた時詠まれた広村舟遊の漢詩(七言絶句)です。 |
|
今(2017年)回広公園を訪ねたのは、公園内に建立されていると資料で知った「頼山陽文学碑」を撮影することでした。 |
広い公園でも端からぐるっと公園を回れば探せるだろうとたかをくくっていました。
公園(グラウンド部)の端をぐるっと回ったのに目的だった「頼山陽文学碑」がわからなかったのです。
呉市総合体育館の周りかもしれないと思い、インフォメーションで尋ねたのです。若き女性スタッフが、館裏手に建立されている碑かもしれないと(「殉職者之碑」でしたが)わざわざ案内していただきましたが、目的の碑ではなかったとはいえ歩き疲れたわたしにはその親切さがしみこみました。別の(男性)スタッフに尋ねていただき、館正面横に建立されているのがそれでしょうと、これまたそこまで案内していただき、やっと目的の「頼山陽文学碑」を撮影できました。 |
17.07.02.裕・記編集 |