音戸舟歌の碑

 呉市警固屋7(音戸の瀬戸公園の一角)に建立されている「音戸舟唄の碑」です。
音戸舟唄の碑 昭和四十五(1970)年七月
音戸の瀬戸は、今から八百余年の昔、かって安芸守であった平清盛公が、平家一門の守、護厳島神社早や詣での舟路を切り開くため、沈む太陽を扇で招き返し、一日にして大業を成就したと言う伝えのあるところ、有名な「船頭かわいや・・・」の舟唄は、いつのころから歌われたものか作者も不明であるが、干潮の激しい瀬戸の潮流を歌声に託して、たくましい腕に櫓を漕いだ港町情緒あふれるわが国伝承民謡の代表的な舟唄である。
今では大型船時代を迎え、海峡も拡げられ、航路も深く、瀬戸の渦潮もゆるやかになった。
近代的な赤い音戸大橋の影に歴史も移り、ロマンティックな舟唄の代わりにポンポン船のエンジンの音が聞こえる。
ときおり、家路を急ぐ夕暮れの海峡から、懐かしい「船頭かわいや・・・」の歌声が聞こえるが、正調を伝える人は少なくなった。この時にあたり、有志相図り海の見えるこの丘に碑を建て、祖先の姿と舟唄の心を後世に残すこととした。
石は呉市名産の郷原石。小石は瀬戸から拾ったもの。
わがふるさとの無形文化財として永く歌われれば幸いである。
        音戸の舟唄 
(アードッコイドッコイ)
ヤーレノ船頭可愛や 音戸の瀬戸でヨー(アードッコイドッコイ)
 一丈五尺のヤーレノ  櫓がしわるヨー(アードッコイドッコイ) 
沖で櫓櫂のヤーレノ 手がしぶる
 浮いたかもめの 夫婦(めおと)のなかを
情け知らずの 伝馬船
 船頭可愛と 沖行く船の
泣いてくれるな  出船のときにゃ
 瀬戸のあの娘の(女郎衆の)袖濡らす
ここは音戸の瀬戸 清盛塚の
 岩に渦潮  どんとぶちあたる
*伝承民謡なので歌詞の最初と終わりは同じようですが中はそれぞれのようです。
第二音戸大橋を撮影しているときに東側(警固屋側)から撮影しようとしたときの広場でみた石碑でした。
説明碑(上記)があり“音戸舟唄の碑”ということがわかりましたので撮影しました。
地図をみると音戸の瀬戸公園の一角のようでした。
音戸の舟唄はユーチューブ動画に複数ありましたので、聞きました。わたしは日本人、いい唄です。
22.02.01..裕・記編集

21.05.06.撮影
広島県呉市警固屋7-13付近(音戸の瀬戸公園)

21.05.06.撮影

21.05.06.撮影













一丈五尺






















 

21.05.06.撮影

21.05.06.撮影

21.05.06.撮影
(音戸の瀬戸公園の端の方・第二音戸大橋の延長線上)



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