口和町原爆歌碑

  庄原市口和町向泉に建立されている「(口和町)原爆歌碑」です。
※1978(昭和53)年の比婆郡口和町時代に原爆被害者友の会などによって建立されました。
  〔2005(平成17)年比婆郡全町などが庄原市と合併して新しい庄原市が発足しています。〕
正面: 短歌〔下記〕
裏面: この歌は原爆被爆者の心境であり戦争を体験した者の気持である。
歌詩は畠垣隆美氏の遺稿からとったもので、戦争のない平和は総ての人々の切実な願いであり、あの悲惨な戦争原爆が永久に地球上から消え去ることを願い、後世に平和を訴えるためこの碑を建てる
  一九七八(昭和53)年八月六日
  口和町 口和原爆被爆者友の会
作者の畠垣さんは、
戦前、広島市舟入本町で表具店を営んでいました。
戦中、呉海軍工廠に徴用され、被爆当日(1945年8月6日)は広島駅で列車の点検作業中被爆。
自宅では、妻即死、長男は生きていたので、畠垣さんと、長女・次女が疎開していたふるさと口和へ帰郷。まもなく長男白血病であろう死去。
長女、次女が嫁いだ後一人暮らしをし、県北で原爆の語り部をされていたが、
1977(昭和52)年春の健康診断で血圧210と告げられ、健康不安と恐怖が続き、奥様の33回忌前の6月10日自死享年69歳。
長年の日記の最後の頁に歌碑になった短歌が記されていたそうです。
懇意にしていた三次工業高校教員・池亀春男さんの発意に町長も賛同し、町提供の現在地に町民の浄財で建立されました。日本被団協代表委員だった森滝市郎(広大教授・倫理学:1901-1994)さんの揮毫。
-口和町略沿革-
1955(昭和30)年4月1日比婆郡口南村+口北村=口和村発足。
1960(昭和35)年4月1日町制施行で口和町となりました。
2005(平成17)年3月31日比婆郡全町+甲奴郡総領町+庄原市=新しい庄原市
梅雨入りしている2023年6月10日雨が降らなければどこか行きたいところに連れて行こうと息子が云ってくれたのです。
資料を再度みて、口和町に原爆歌碑が建立されていることを確かめ、八千代町原爆慰霊碑の後、口和町にも連れて行ってもらったのです。
息子が、歌碑よりも慰霊碑が目に飛び込んだようで、車を留めたので、原爆歌碑の碑面が暗かったのですが“原爆の・・・”で歌碑を確認しました。
23.07.03.裕・記編集

23.06.10.撮影
庄原市口和町向泉389-1 口和コミュニティーセンター前

23.06.10.撮影
原爆歌碑

23.06.10.撮影







































・作者:畠垣隆美
・戦前広島市舟入本町で表具屋店主
・戦時中呉海軍工廠に徴用、被爆時広島駅で車輛点検中


※魔炎(まえん)
  =悪魔が起こす火災
※喫(の)む=吸う

23.06.10.撮影
(口和町)原爆歌碑           (旧口北村戦歿者)慰霊碑

23.06.10.撮影
(裏面)

23.06.10.撮影
(碑文:上記)

23.06.10.撮影

23.06.10.撮影



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