庄原市役所口和支所(旧口和町役場)

  庄原市口和町向泉に建てられている「庄原市役所口和支所」です。
※定礎から1983(昭和58)年3月比婆郡口和町役場として建てられました。
  〔2005(平成17)年庄原市と合併して庄原市役所口和支所になりました。〕
口和の自然等: 中国地方のほぼ中央に位置する庄原市。口和町はその庄原市の西にあります。
東西12.5km、南北17.5km、面積は110.13㎢と広大ですが、山林が9割近くを占めています。
町民が暮らしている地域の標高は≒200mから≒600mと幅広く、気温は比較的冷涼で、積雪は平均30cm程度。北部の標高の高い地域は1m近く積もることもあります。
公共交通機関は路線バス、もしくは庄原市の生活バス(口和での移動のみ)がありますが、便数が少なく便利が悪いため自家用車での移動が主流です。
町の木:アベマキ。町の花:マンサク。町の鳥:ヤマドリ。
比婆郡口和町: 2003(平成15)年3月30日人口2,584人
庄原市口和町: 2022(令和4)年4月1日人口1.830人
※資料は口和自治振興区などを参照
-口和町略沿革-
1889(明治22)年4月1日町村制施行時
     恵蘇郡口南村(=永田村+金田村+常定村+湯木村)
     恵蘇郡口北村(=向泉村+大月村+竹地谷村+宮内村)
1898(明治31年)年10月1日郡制施行で、奴可郡;+三上郡+恵蘇郡=比婆郡が発足。
1955(昭和30)年4月1日口南村+口北村=比婆郡口和村発足。
1960(昭和35)年4月1日町制施行で比婆郡口和町となりました。
2005(平成17)年3月31日比婆郡全町+甲奴郡総領町+庄原市=新しい庄原市が発足。
梅雨入りしている2023年6月10日雨が降らなければどこか行きたいところに連れて行こうと息子が云ってくれたのです。
原爆関連碑が建立されている安芸高田市八千代町とここ庄原市口和町に連れて行ってもらったのです。
ここ口和町では、原爆歌碑と戦没者慰霊碑も撮影することが出来き、萩川越しに立派な建物が見えましたので、息子に携帯で調べてもらったら口和支所とわかり、撮影しました。
比婆郡口和町時代の町民憲章碑がないか建物の前を探したのですがありませんでした。
23.07.05.裕・記編集

23.06.10.撮影
庄原市口和町向泉942番地

23.06.10.撮影
(RC造、2階建て)

23.06.10.撮影
(車寄せ部分)

23.06.10.撮影
口和町生活バスのバス停「口和町役場」    庇には現在の「庄原市役所口和支所」となっています

23.06.10.撮影
定礎 昭和五十八年二月



「建物など」編



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口和町原爆歌碑
旧口北村戦没歿者慰霊碑
現・庄原市役所口和支所


「庄原市」編


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