吉川広嘉公像

  岩国市横山の吉香公園に建立されている「吉川広嘉公像」を取り上げました。
※吉川広嘉(きっかわ ひろよし:周防国岩国領三代領主;1621-1679)。
※銅像作者は、矢形勇(1918-2019)。
岩国藩(いわくにはん)
江戸時代、周防国玖珂(くが)郡岩国に藩庁をおいた外様藩。藩校は養老館。
1600(慶長5)年、吉川元春(1530-1586)の3男広家(1561-1625)が毛利輝元(1553-1625)から3万石を与えられて岩国領の初代当主となった。
吉川氏は毛利氏の一門で、元春は毛利元就(1497-1571)の2男。広家は岩国城を築城したが、1615(元和元)年幕府が発した一国一城令により廃城。
吉川氏による統治は始祖の広家から13代続いたが、幕府公認の藩ではなく、慶応年間まで本藩である長州藩から冷遇された。その理由として、広家が関ヶ原の戦いで東軍方に呼応したためなど諸説ある。
1863(文久3)年に本藩との和解が成立、1868(明治元)年に明治新政府により正式に岩国藩として認められた。
1871(明治4)年旧暦6月の廃藩置県により岩国県を経て旧暦11月山口県に編入された。





























































 











































































































 














































 








退















































































 









































岩国錦ライオンズクラブ結十周年記念
昭和47(1972)年10月15日建立
塑像二紀会々員 矢形 勇
碑文(上記)の岩国藩という名称は明治になってから廃藩置県までで、江戸時代は毛利藩では支藩の扱いで藩主ではなく領主と云うのが適当なのかもしれません。
錦帯橋を渡り、シロヘビ観覧所(現・岩国シロヘビの館でした)に行こうと吉香公園でみたのがこの吉川広嘉の銅像でした。
21.09.21.裕・記編集

20.12.06撮影
山口県岩国市横山   吉香公園
手前:皇太子殿下御成婚記念植樹・碑   中央:吉川広嘉公像  奥左手:錦帯橋記・碑

20.12.06撮影

20.12.06撮影
「吉川広嘉公像」 (右手には扇子)

20.12.06撮影

20.12.06撮影

20.12.06撮影

20.12.06撮影

20.12.06撮影
(猫背?のようでした) 台座後側に碑文板(上記)

20.12.06撮影



「山口ぶらり散歩」編


何処に行ってもぶらり散歩



(広島ぶらり散歩)
吉川広嘉公像
錦帯橋記・碑
皇太子殿下御成婚記念植樹


「岩国ぶらり散歩」編


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