八丁堀一帯・原爆被災説明板

  中区鉄砲町に広島市によって建立されている「八丁堀一帯・原爆被災説明板」です。
八丁堀一帯・原爆被災説明板(旧版)
爆心地から約800m
1944(昭和19)年11月以降 空襲による火災の拡大を防ぐ目的から 政府の指示により防火帯消防道路 防空小空地をつくることになり 広島市内では133ヶ所(約27,000戸)の建物疎開を実施した。
被爆当日この地区でも建物疎開作業が行われており 県内及び市内各地から動員された義勇隊員や動員学徒の大多数が爆死した。地区内の家屋は一瞬のうちに倒壊し 各所からあがった火の手のため 付近一帯すべて火の海となり焼失した。
写真説明:八丁堀一帯の惨状 松重美人氏撮影
新しい原爆被災説明板碑文は、旧原爆被災説明板碑文(上記)よりも簡単になっていました。
『空襲による火災の拡大を防ぐ目的から、被爆当日この地区でも防火帯をつくるための建物疎開作業が行われており、多数の犠牲者がでました。
また、地区内の家屋は一瞬のうちに倒壊し、付近一帯すべて火の海となり焼失しました。』
この前を何度となく通った事があるのに原爆被災説明板に目を向けてその説明文を読んだ事がなかったのです。人通りの多い交差点で通行人の目を気にしながら撮影しました。この原爆被災説明板が設置されている(電車道を挟んで)向かい側が(以前の)中國新聞社だった事も少し調べていて知りました。
原爆被災説明板が新しくなっているものを散見すので、ここ八丁堀は?と2019年久しぶりにみてみました。
新しくなっていましたので撮影しました。2014年撮影の画像も加えこの頁を再編集しました。
20.01.19.再編集   03.06.20裕・記編集
   関連頁:(賀茂鶴オアシス公園)「鯉城の噴水」

03.05.02.撮影
中区鉄砲町10   (カモツルオアシス)

08.05.03.撮影
※賀茂鶴オアシスは、以前は田圃で田植えや収穫の催しがあったのですが2004(平成16)年より中止になりさびしい広場になっています

14.12.11.撮影
(八丁堀バス停北側の賀茂鶴オアシスの中に建立されています) 

14.12.11.撮影
(原爆被災説明板は以前のまま日焼けが増した?)

19.04.18.撮影
新しい原爆被災説明板になっています

19.04.18.撮影

19.04.18.撮影
原爆被災説明板碑文も新しくなっています

19.04.18.撮影

19.04.18.撮影
(向側:三越デパート)

19.04.18.撮影



原爆被災説明板一覧」編



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八丁堀一帯・原爆被災説明板
圓鍔勝三作:鯉城の噴水


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