いつくしまじんじゃ
嚴島神社 (概説)
  廿日市市宮島町に鎮座の「厳島神社」です。
※佐伯郡宮島町は、2005(平成17)年11月3日廿日市市に編入合併され、廿日市市宮島町になりました。
古くは伊都岐嶋(いつきしま)神社とも記し、また厳島大明神とも称していました。
御祭神 御本社
たごりひめのみこと
田心姫命
いちきしまひめのみこと
市杵島姫命
たぎつひめのみこと
湍津姫命
客社
いくつひこねのみこと
活津彦根命
あめのほひのみこと
天穂日命
あめのおしほみみのみこと
天忍穂耳命
あまつひこねのみこと
天津彦根命
くまのくすひのみこと
熊野杼
樟日命
※神社設置の由来版には、木+予+象、の字になっていますがPCで出てきませんので、杼をつかいました。杼樟でクス
古代には宮島そのものが神とされ、人も住むことを許されない神聖な島とされていました。
社殿が海水のさしひき(干満)する所に建てられているのもそのためです。
宮島には中世以降人家が建てられましたが、耕作をしない、死者を埋葬しない風習は現在も守られています。

推古天皇即位元(593)年佐伯鞍職による創建と伝えられ、平清盛(1118-1181)造営当時(仁安3年・1168年)の規模をよく伝えています。鮮やかな朱塗り、桧皮葺の屋根、簡素な軒廻り、無駄なく配列された柱、ゆったりした板敷きの床などなど平安時代の寝殿造りの建築美をいかんなく発揮しています(厳島神社には、神社建築でよく目にする千木や鰹木がありません)。
本社(本殿、幣殿、拝殿、祓殿)のほか、摂社客神社(本殿、幣殿、拝殿、祓殿)、回廊は国宝建造物で、そのほか、大鳥居(明治8年=1875年再建)、五重塔、能舞台など多くの国指定重要文化財があり、また社宝には平家納経1具、法華経30巻、彩絵檜扇(ひおうぎ)などの国宝や、鎧、太刀など国指定重要文化財を多く蔵しています。
旧:官幣中社。現:別表神社。安藝國一の宮。
厳島神社の神紋は「三盛り二重亀甲に剣花菱」。
1991(平成3)年9月の台風19号では神社、能舞台などの建物が創建以来の大被害を受けました。最近は高潮の影響で回廊が水没する事で拝観停止になったりしています。
更に2004(平成16)年9月7日の台風18号では国宝・左楽房が倒壊するなどの大被害を受けました。
2002年初詣の時撮影しましたのでこの頁を編集しました。
2013年4月19日から5月12日まで広島市で開催された“第26回全国菓子大博覧会・広島”のテーマ館を飾る1年かかりで作られた15分の1のお菓子の厳島神社です。素晴らしいものでしたので、この頁にも加えました。
報道によると、閉会後空の玄関・広島空港ターミナルビルに飾られるそうです。
2014年になりましたが、わが町の氏神様・切幡神社の紋が厳島神社と同じということを知り、厳島神社の紋の記述をしていなかったので追記しました。
 14.04.05.更新   02.01.09裕・記編集

08.05.24撮影
広島県廿日市市宮島町1-1   (厳島神社社殿大鳥居)

02.01.04撮影

02.01.04撮影

02.01.04撮影
厳島神社・拝観券 @300円 宮島への渡船 ≒北側より雪が積もった社殿群をみる。

02.01.04撮影

02.01.04撮影

02.01.04撮影
2002年初詣は前日降った雪がまだ社殿屋根に残っていました。

04.09.08撮影

04.09.08撮影
2004(平成16)年9月7日の台風18号で国宝・左楽房が倒壊するなどの大被害を受けました。

06.01.03撮影

06.01.03撮影

06.01.03撮影
以前のように復旧されて来ていると思った2006年の初詣でした。

06.01.03撮影

06.01.03撮影
復旧された(1991年台風で倒壊した)能舞台 穏やかな日和の中初詣でした

13.05.09.撮影
広島市中区基町で開催された(通称)ひろしま菓子博2013で展示されたお菓子で出来た厳島神社

13.05.09.撮影

13.05.09.撮影

13.05.09.撮影

13.05.09.撮影

13.05.09.撮影
東側からみた厳島神社 清盛祭 大鳥居と管弦祭 西北からみました 西側からみた厳島神社
いつくしま
厳島
 広島県南西部、広島湾西部にある島。厳島神社の所在地で宮島とも云います。
以前は一島で佐伯郡宮島町を構成していました。面積30.2km2。人口≒3300。幅600mの大野瀬戸を隔てて本土と対する。)弥山(みせん)の北東麓に厳島神社が鎮座し、門前町を形成しています。
古来、「安芸の宮島」として日本三景の一つに数えられる風光の地で、瀬戸内海国立公園の一部でもあり、特別史跡・特別名勝にも指定されています。厳島神社の建造物群と前面の海、背後の森林とは、1996(平成8)年、世界遺産の文化遺産として登録されたました(世界文化遺産)。
平安時代末期(12世紀後半)、平清盛によって現在とほぼ同じ規模の社殿が整備されたと云われています。
海の神として瀬戸内に生きる人々の信仰を受け、現代も旧暦6月17日の管絃祭に多くの参詣客が集います。
現在の本社本殿(ほんでん)は、戦国時代の元亀2(1571)年毛利氏によって建てられましたが、本社幣殿(へいでん)・拝殿(はいでん)・祓殿(はらいでん)及び摂社(せっしゃ)客(まろうど)神社本殿・幣殿・拝殿は、鎌倉時代の仁治2(1241)年建築と伝えられています。また、東・西廻廊は永禄年間(1558〜1569)から慶長年間(1596〜1614)に整備されました。
  平安貴族の住宅であった寝殿造りを神社建築に移したとされ、本社と摂社客神社などの主要部と廻廊その他の建物で構成されています。
本殿の前に幣殿、拝殿、祓殿と順に連ねた複雑な形態をし、本社前面には広い平舞台と高舞台、左右門客(かどまろうど)神社などが附属しています。廻廊は曲折して諸社殿をつなぎ、その柱間は延長107間(廻廊間数は108間)におよびます。
社殿を含む境内地と瀰山(みせん☆)の原生林は、平成8(1996)年世界遺産に登録されました。
☆一般的には「弥山」と書かれています
厳島神社(本社、摂社客神社、廻廊)は、
明治32(1899)年4年5日に重要文化財に指定され、昭和27(1952)年3月29日に国宝指定されています。
07.10.30追記



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左右楽房
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反橋
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