いかいえいせん ・ きねんひ
威海衛戦・記念碑
(藤原利昌歌碑)
  廿日市市宮島町の御笠浜に建立されている「威海衛戦・記念碑」です。
※碑面に藤原利昌の短歌が刻まれています。
                                藤原利昌
あわれとも神はめでませ大皇軍勝ちししるしのあだの矢玉を
碑文が裏に刻まれています。
日清戦争(明治27・28年戰役)で清国・威海衛攻撃における勝利を記念した事が刻まれているようです。
碑文全体を解読する力がないわたしですので紹介できません。
昔は、和歌にある”あだの矢玉”がこの碑の上にあったそうですが、太平洋戦争時の金属供出で無くなったそうです。
(いかいえいのたたかい)
威海衛の戦い:
日清戦争における戦闘で、1895(明治28)年1月日本陸海軍共同作戦。
目的は、第二期作戦(直隷決戦)にむけて制海権を完全に掌握するため、威海衛湾に立てこもる北洋艦隊の残存艦艇撃滅と海軍基地の制圧にあった。
(ほくようかんた)
北洋艦隊:
清国・光緒14(1888)年編成された中国清朝の主力艦隊のことで、清では北洋水師と呼ばれていました。
母港は威海衛で、日清戦争において大日本帝国海軍連合艦隊と交戦(黄海海戦、威海衛海戦)し、日本の威海衛攻略の際に壊滅しました
(にっしんせんそう)
日清戦争:
1894(明治27)年朝鮮の支配権をめぐって日本と清国との間で起こった戦争。
朝鮮で起こった甲午(こうご)農民戦争鎮圧のため清国が出兵したとき、対抗して日本も出兵、豊島(ほうとう)沖で開戦。日本は平壌の戦いや黄海の海戦などで勝利を収め、翌(1985)年下関で講和条約を結びました。
(こうぐん)
皇軍:
天皇が統率する軍隊。もと、日本の陸海軍を称した。
(あだ)
仇:
1) 仕返しをしようと思う相手。敵。かたき。
2)恨みに思って仕返しをすること。
(やだま)
矢玉;矢弾:
矢と弾丸。また、矢。
2007年に宮島を訪ね、いまも残る石碑をみて行こうとし、この石碑も撮影していました。
表面の和歌もわたしには、よく読めませんでした。
また、裏面をみるとどうも日清戦争の戦いで勝利を収めたことを記述しているようでしたが碑文を解読というまでは行っていませんでしたので、頁を編集していませんでした。
今(2012)年交流ウォーク下見の時、宮島関連の資料を調べているときに、この碑の記述がありましたので、それを参考に、この頁を編集しました。
12.08.19裕・記編集

07.10.16.撮影
広島県廿日市市宮島町 御笠浜

12.05.01.撮影

07.10.16.撮影

12.05.01.撮影



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