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廿日市市宮島町浜之町に建立されている「皇太子殿下行啓記念・碑」です。 |
皇太子殿下裕仁親王(後の昭和天皇)は1926(大正15)年中国3県を視察されました。
1926(大正15)年5月21日軍艦長門で岡山県宇野港へ上陸され岡山県を行啓、5月24日福山市を行幸、広島の比治山・御便殿広場には5月26日行啓され広島市内を展望されました。
5月27日宮島で厳島神社を参拝され、弥山山頂に登られ、お泊りになりました。
その時の記念碑です。翌5月28日には山口県を行啓されたそうです。 |
(ぎょうけい)
行啓: |
古くは「ぎょうげい」。「啓」は先払いの意
三后(さんこう:太皇太后・皇太后・皇后)・皇太子・皇太子妃・皇太孫(≒こうたいそん:皇太子のいない場合に皇位を継ぐべき皇孫)が外出すること。 |
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宮島桟橋から厳島神社へ行く道ですからこの場所の前を今まで何度となく通ったことがあり、この碑の横にある宮尾城跡への石段をあがったこともあったのに気がつかなかったのです。
今(2007年10月)回交流ウォーク探検隊のとき皇太子殿下の文字が読め、立ち止まって撮影しました。 |
2021年コロナ禍で閑散とした宮島で、久しぶりに撮影しました。
この碑の根際にあった大きな案内地図が撤去されていました。 |
22.06.03.更新 07.10.26裕・記編集 |