(厳島神社大鳥居)扁額

  廿日市市宮島町の厳島神社に建立されている(厳島神社)大鳥居の神社扁額を取り上げました。
大規模保存修理工事中の大鳥居から取り外された「扁額」が祓殿に展示されていますので撮影しました。
現在の大鳥居は、1875(明治8)年の建立から140年以上が経過し、損傷や老朽化が進んでいるため、2019(令和元)年6月17日から大規模な保存修理工事が行われています。
2021(令和3)年9月28日、修理工事は7割程度まで進んでいるそうです。
終了時期は未定で、あと1〜2年はかかる見込みだそうです。2022年12月修復工事が完了しました。
大鳥居扁額: 当社の大鳥居は、明治八(1875)年の再建で、平安時代末期に平清盛公が造営した鳥居を初代とすると八代目にあたると考えられています。
沖側:
「嚴嶋神社」
沖側に掲げられているもので、「嚴嶋(いつくしま)神社」(行書体)の四文字が青銅製鋳物で打ち付けられています。
額面は、鏡板を黒漆塗、縁取りを弁柄朱漆塗とし、御神紋である三亀甲剣花菱紋(みつきっこうけんはなびしもん)と連珠文を銅板などで表しています。
額縁は黒漆で塗られており、上辺中央に宝珠、左右に屈輪(ぐり)模様の渦巻文と唐草文を配しています。
左右辺の彫刻は雲龍で、向かって右が登り龍、左が降り龍です。
四方の蕨手(わらびて)状の飾りには銅板を被せています。
社殿側:
「伊都岐島神社」
社殿側に掲げられているもので、「伊都岐島(いつきしま)神社」(草書体・万葉仮名)の六文字が青銅製鋳物で打ち付けられています。
「伊都岐島」とは「身心を清めて神に仕え奉る島」であることを意味し、島の古い名称を踏襲しています。
額縁の彫刻は、屈輪(ぐり)模様の渦巻文と唐草文となっています。
裏面には有栖川宮熾仁(たるひと)親王の御染筆であることが分かる。
「明治七年甲戌四月二品熾仁親王謹書」との刻名があります。
甲戌(こうじゅつ)は干支の一つで「きのえいぬ」とも読み、二品(にほん)とは四品(しほん)まである親王の位階(いかい)の第二等のことです。
2007年大鳥居に取り付けられていた扁額(神社額)を撮影して頁を編集していましたが、
2021年コロナ禍の中ここ厳島神社を参拝する人もわずかな中、参拝したあと火焼前の方に出ようとしたとき、ここで取り上げた扁額が目に入り撮影しました。
大鳥居の扁額(神社額)については沖側と神社側が違っていることと有栖川宮熾仁親王の書くらいのことしか知らなかったので、設置の説明板で、神社額ではあるのでしょうが“扁額”であることなど細かなことまで知ることができました。
22.02.08.裕・記編集

21.01.22.撮影
祓殿の中:「嚴嶋神社」    (手前:高舞台)    祓殿の中:「伊都岐島神社」

21.01.22.撮影
「嚴嶋神社」
 宝珠
屈輪模様  降り龍  登り龍

21.01.22.撮影
「伊都岐島神社」

21.01.22.撮影

21.01.22.撮影
「伊都岐島神社」裏側“明治七年 謹書”の朱筆がみえます    (祓殿から裏側をみました)
2007年大鳥居に取り付けられている処を撮影

07.11.07撮影
沖側「嚴嶋神社」

07.11.07撮影
神社側「伊都岐島神社」



厳島神社大鳥居-概説-
大鳥居拡大画像その1
大鳥居拡大画像その2
大鳥居拡大画像その3
大鳥居拡大画像その4
大鳥居資料
大鳥居・旧根元材
大鳥居・根継ぎ部分
大鳥居・扁額
大鳥居(一遍聖絵)
暴風被害を受けた大鳥居
  令和の大鳥居保存修理工事
  令和の大鳥居保存修理工事完了
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