(観音町平和大通り)被爆樹木・ナツメ

  西区西観音町の平和大通り緑地内にある「被爆したナツメ」です。
*2006年6月被爆したナツメと広島市によって確認され被爆樹木リストに加えられました。
(新しい標識) 被爆樹木  ナツメ
A-bombed trees  Jujube (Ziziphus jujuba)
爆心地から1,430m。この付近で被爆し、移植」されました。幹には被爆による傷痕があります。被爆して生き残っているナツメはこの木だけです。
(以前の標識) 被爆樹木  ナツメ  
A-bombed tree  Jujube
爆心地から1,430m
Approx. 1430m from hypocenter
このナツメは、1945(昭和20)年8月6日の原爆にも耐え、生き残りました。被爆時のものと思われる縦傷が残っていますうが、今でも夏に芽を出し、秋には黄褐色の実をつけています。
2006年6月16日中國新聞報道で平和大通りのナツメが被爆樹木と確認されたと知りました。
2001年「平和大通り樹木探索のつどい」に参加させていただいたときにみたな〜と思い出したのです。
  関連頁:2001年「平和大通り樹木探索のつどい」の時撮影したナツメ
交流ウォーク時案内役をされる藤井さんにお聞きするとナツメは他にはなくこのナツメで間違いないと教えていただいたのです。
被爆樹木という市設置の黄色い標識はまだ取付られていませんが、小学生が取付けた樹木説明板でこの木がクロウメモドキ科、ナツメの木であることも確認できました。
また、このナツメが樹齢100年以上、高さ≒6.5m、幹周り≒0.75mである事も知りました。2006年の原爆忌前日8月5日に訪ねた時に(広島)市の被爆樹木説明板が設置されていました。
2014年3月22日中國新聞の記事「被爆ナツメ 元気になれ 西区で公開治療」という記事に目がいきました。
『近くの民家前で被爆し平和大通りに移植されているこのナツメについて樹木医の堀口力さんが「幹が弱っているので、養分や水分を増やす必要があります。」などと説明、作業員5人がナツメの周りを堀り、肥料や保水性を高める改良材を入れた』ということを知りましたので、追記しました。
ナツメは被爆した亡きお袋が(実家で)育てていました。その種から芽吹いたナツメを採取してわが家で鉢で育てていますがナツメは上には伸びても幹が太くならない樹木と感じています。
この被爆したナツメも樹齢100年以上と推定されているのにクスノキのようには太い幹になっていません。
2017年久しぶりに見たこの被爆したナツメでしたが、ナツメらしく?被爆による傷痕があるとはいえまだまだ元気のように(わたしは)思いながら撮影しました。
17.07.29.更新   06.06.19裕記編集

06.06.18.撮影

06.06.18.撮影
広島市西区西観音本町1※ (平和大通り緑地帯) 
(※この緑地帯は行政区分で西観音本町となっていますが北側の緑地帯に位置していますので観音町側です)

06.06.18.撮影
撮影時は『黄色い標識』はまだ設置されていませんでした。報道で知った被爆の痕跡ではないかと撮影しました

06.08.05.撮影
(2006年)黄色い被爆樹木標識が取り付けられていました 

17.06.23.撮影
(2017年)久しぶりみましたが、以前に比べ幹が太くなったとは感じなかったので近づきみました

17.06.23.撮影

17.06.23.撮影
(≒北の方からみました) 

17.06.23.撮影
 (≒西の方からみました)根元にひこばえが出てきいるようでした

17.06.23.撮影



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